橙色の残骸

 自分に宛がわれた室に戻ると、ソファの上で待たせていたはずの子供の姿が消えていた。
 何処にいったのかと辺りを見渡すと、窓際に掛けられた鏡の前で頻りに橙頭を弄る様子が目に入る。

 「何やってんだ」
 「あ、お帰り」

 声をかけてやるまで此方の存在にすら気付いていなかったらしい。
 一護はぱっと振り向くとそそくさと自分の方へやってきて、少し困った風に言った。

 「なあ阿近さん、ちょっと頼みてえことがあんだけど」
 「…………何だ?」

 眉間の皺を少し深くして告げる一護に再度問いかけを投げると、橙頭は口の端を少し釣り上げて答えた。


 *


 「…………別に俺なんかに頼まなくとも、普通に現世の床屋へ行きゃあ良いじゃねえか」

 新聞紙を広く敷き、その上に座らせた一護の髪を阿近はざかざかと、それでいて決して手元に狂いの無いよう慎重に鋏で切り揃えていく。

 「床屋の親父がうるせえんだよ。髪染めろ染めろって」
 「……行きつけ変えりゃ良いだろ」
 「新しいとこ言ったら、また髪の色のこと話さなきゃいけねえだろ。面倒なんだ」
 「じゃあこっちの床屋行け」
 「…………そんなに俺の髪切るの嫌だったら、最初から言ってくれりゃいいのに」
 「俺以外の奴にお前の髪触らせたら、そいつが如何なっても知らねえからな」

 恋次とかルキアは絶対信用出来ねえけど、乱菊さんとか弓親なら綺麗に切ってくれそうだし。
 なんて呟く子供に軽い調子で返答すると、数瞬の後ぶわりと耳まで赤く染める様子が可笑しい。

 「いいよなあ、こっちの奴らは」
 「何がだ」
 「皆、結構奇抜な髪色してるじゃねえか。恋次は真っ赤、冬獅朗は銀髪だし、乱菊さんとか吉良の金髪も地毛だろ?好き勝手な色してても誰からも何も言われねえし」
 「ごちゃごちゃ言われんのが嫌なら、言われねえように取り合えず染めときゃ良いじゃねえか」
 「…………何か負けたみたいで嫌だろ?」
 「折れてやったって考えりゃいいんだよ」
 「…………そうだけど」

 何気なしにアドバイスをしたつもりだったのだが、何故かそれきり一護は押し黙ってしまった。

 そのまま暫し、沈黙が続く。
 元来決して多弁ではない阿近は、ひたすらに橙色の髪を切る作業に没頭して、一護が再び口を開くのを待った。

 やがて一通り切り終えるのを見計らったかのように、一護はのろのろと続ける。

 「…………じゃねえから」
 「あ?」
 「髪色、嫌いな訳じゃねえから」

 弱く微笑んで

 「俺のこの髪色は、おふくろ譲りなんだ。
 普通の色に染めたら、何か……折角貰ったもんを否定しちまうような気がしてさ」
 「…………そうか」

 遊子も俺と同じこと言ってさ、学校でからかわれても絶対染めるなんて言わねえんだ。
 何処か陰を宿しながらも嬉しそうに告げるその姿は、見ていて嫌になるものでは決して無い。

 「おら、終わったぞ」
 「お、サンキュ」

 渡した手鏡で前髪の長さを確認する姿を見上げて、ふと阿近は呟いた。

 「…………お前、また背ぇ伸びたんじゃねえか?」
 「え?…………まあ、成長期だしな。まだまだ伸びてもらわねえと困る」
 「食うもん食って確り寝ろよ。中途半端で止まっちまうからな」
 「それ、身を以て失敗を体験した人の苦言?」
 「うるせえ」

 既に自分のそれよりもやや高い位置にある頭をわし掴んで掻きまわすと、眉間の皺を少し減らして笑う。
 その姿が何故かとても眩しくて、阿近は柄にも無く頬を弛緩させ床に散った橙色の残骸を掻き集めた。



 オレンジの髪、橙頭という表現が好きです。書く上でも、描く上でも。