忘るるには惜しく、捉い続けるには余りある
煙草を好む。酒も嫌いじゃない。机の上の湯呑にはいつも濃い緑茶が入っているし、偶にそれがブラックコーヒーの入ったマグにとって代わられることもある。
要するに、阿近は甘いものがあまり好きではないのだ。
リンや鵯州なんかは良く休憩がてら甘味を食しているが、正直その少ないとは言えない量は見ているだけでも気分を害すものだった。
疲れた頭には甘いものが効く、なんてことをよく聞くが、己に関して言えば糖分など無くともニコチンとカフェインで十分事足りるのである。
だから、ネムが女性死神協会の土産だとか何とか言って置いていった現世の菓子にもあまり興味をそそられることは無かった。
否、全く関心は湧かなかった。
が、こと少年に関して言えばそうではない様である。
「え、阿近さんって甘いもん好きなの?」
総隊長への報告の為尸魂界を訪れた死神代行は、今阿近の室の椅子に座り込んでいる。
普段は阿近が机に向かう時使用しているそれにキャスターが付いているのを良いことに、がらがらと音をさせたかと思えば興味あり気に机に置かれたそれを注視していた。
此方の返事も待たぬまま「意外だなー」なんて呟いている一護に、阿近は書架を整理する手を止めぬまま望み通りの答えを返してやる。
「馬鹿言え、俺は甘いもんなんて大っきらいだ」
「え、じゃあ何でこんなとこに現世の菓子があるんだよ?」
てっきり好きだから取り寄せでもしたのかと思った、と言う橙頭をぽふぽふと叩きながら、これが不本意にも自分の手元に渡ってきた経緯を説明してやる。
女性死神協会、なんていう組織の存在に少なからず驚く態度と、男性死神協会もあるのか、等と少し答えたくないような質問をしてくる様子に片手間で相手をしていると、しばらく黙った後意を決したように一護は言った。
「なあ、阿近さん食べねえなら、俺食っても良い?」
「別に構わねえが…………そんなもん現世で幾らでも食えんじゃないのか?」
「いや、これ現世でも中々手に入らねえ土産菓子なんだ。一回食ってみたいと思ってたんだけどよ、遠いから買いに行くのも難しくって」
*
机の上に置かれた二つの湯呑を持ちあげると、かさりと机上から何かが滑り落ちる音がした。
開いた手で拾い上げると、それは先程一護が食していた菓子の包み紙だった。
菓子を貰ってから与え、食すのを見ていた一連の光景を何とはなしに想起している自分に気付いて、塵の一つにまであいつを連想しなきゃならねえのかと苦笑する。
くしゃりと丸められた紙屑は、綺麗な放物線を描いて室の隅の屑籠へと吸い込まれて行った。
お掃除してるときに思いついたネタ。
私的設定としましては、阿近さん辛党、一護甘党(でも甘過ぎるのは好きじゃない)だと宜しいです。