思惑なき薄刃
その日一護が六番隊の執務室へ顔を出すと、ちょうど仕事に一段落を付けた恋次が湯呑み片手に席から立ち上がる所だった。
「おっす、恋次」
「何だ、来てたのか一護。今日は定期連絡の日だっけか?」
「そーそー……ったく、試験前なのによ、爺さん容赦ねえぜ……白哉もこんちわ」
「…………無駄話をするなら余所へ行け」
そう言う白哉の机の上には、恋次のそれが日にならぬ位膨大な量の書類が積み上げられている。
隊長も大変だなあ、なんて思いながら、一護は恋次を伴って初夏の中庭へ足を踏み入れた。
*
「別に文句言う訳じゃねえけどよ、あの人と一緒に仕事してるとすげー肩凝るんだ」
木陰で伸びをしながら呟く恋次に、一護とイヅルは苦笑する。
深緑に葉を染めた桜の木の下には、イヅルと修兵が先客として二人の到着を待ち構えていた。
「朽木隊長は厳しい人だからね」
「まあ、うちの隊長もそれなりに厳しかったけど、雰囲気はそこまで固くなかったな」
「…………うちはまず仕事をさせる所からだったしねえ…………」
懐かしそうに目を細める面々。
彼らの隊長の謀反が真意に基づくもので無かったのだと分かってから、やはり悲しげな顔はするものの以前のように笑顔に陰が混じる回数は格段に減った。
「そういや一護、今日は技局に顔出さなくて良いのか?」
「あー、何か今日は局内で大事な報告会があるらしくてさ。さっき拠ったんだけどよ、企業秘密だとか言われて放り出された」
モーションも無しに窓から放り投げるもんだから思わず受け身を取り損ねた、と言って一護は少し打ったらしい左肘を大げさそうに摩る。
彼の親しくする技局の鬼が実は十二番隊の第三席で、それなりの戦闘力を有しているにも関わらず研究に没頭し続けている、なんて裏情報を知ったのはつい最近だ。
幾ら自分達が上級職についているとはいえ、他隊の席官を名簿でチェックしたりはしない。
任務で顔を合わせたときに、ああこいつが何処の何席なのか、と知るだけで、それすら印象に残ることは稀だ。
「しっかし一護ぉ、お前よくあの人と四六時中一緒にいられんな?」
「別に四六時中ってこたあねえよ」
「でも、尸魂界に来たときは大抵顔出してるよね?」
「わざわざあんな人に懐くなんて、お前も相当物好きだな」
「…………拳西に憧れたからって、良くも知らないのに顔に意味不明な刺青入れた檜佐木サンに言われたくねえ」
「てめぇ」
うりうりと拳をそのオレンジ頭に押し付けると、一護は何処かくすぐったそうに、それでもその手を止めようと躍起になって抵抗をする。
「何処が良いんだ?あの人の」
「何処が良い…………って、別に俺が誰と仲良くしようと勝手だろ」
「いや、別に文句言ってる訳じゃなくてよ」
「わざわざ変人の巣窟・技術開発局に顔出すんだもんなあ」
「その中でもあえてあの阿近さんを選ぶという」
「僕も良くは知らないけど、あまり良い噂は聞かないね」
男性死神協会に無理矢理引っ張り出された時、射場の考えた伝令神機案を木っ端みじんに吹き飛ばした男、という印象が、普段彼と接点を持たない三人には色濃残っている。
最も、直接吹き飛ばした訳では無くて、ただ女性死神協会によって予算が全面カットされたという事実を、微塵の遠慮も無くずばりと言いきった、それだけなのだが。
あの時の射場の落ち込みようは、それはもう凄かった。
「そうだな…………」
しばし考えて、一護は眉間の皺を深くしながら答えた。
「…………空気感?」
「なんだそれ」
「つーか聞き返すんじゃねえよ」
「何かあの人といると、気負いすぎてるもんとか張りつめてる感とか、そういうのが抜けるんだ」
一緒にいると、何故かとても楽になる。
相変わらず表情から素直な感情は読めないし、言動は捻くれている。
次の行動が予測できないから不意を突かれることも多々あるし、それにより(どんな形であれ)被害を被ることも珍しくない。
けれど絶対に自分の嫌がることはしない。
無駄にからかわれているような気がして苛立ちを募らせることもままあるけれど、ふと我に帰ると抱え込んでいて物がすっと軽くなっているような、そんな気がするんだ。
それに、滅多に見られないけれど…………その、なんの衒いもない鮮やかな微笑が好きで。
そういうとこが良いのかな、と、考えながら呟く。
耳の端が少し赤いのは、伸びてきたオレンジに隠れて見てとることは出来ない。
「…………ごっそさん」
「は?」
嬉しそうに呟くその科白が最早只の惚気にしか聞こえなくて、げんなりとする後輩二人を代表した檜佐木は、静かに空を仰いだ。
吹き抜ける風に、オレンジ色がそよぐ初夏の午後。太陽の猛攻が始まるのも時間の問題だろう。
気付かないうちに惚気てる、そんな感じの二人が良い。