くれない奔るそらいろ
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き ヒトの名を冠す者よ、 焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ!」
ざっ、と軸と反対の足を引き下げ、体勢を整える。
「破道の三十一、赤火砲!」
どん、という鈍い音と共に、掌から赤い炎が迸る。
「やった、出来――――」
「斥」
しかし、綺麗に直線を描き対象へ接近した破道は、相手方の一言で見るも無残に消されてしまった。
「お前なあ、何で三十番台の破道が八番の縛道で防げちまうんだ?」
手の甲から少しの煙を上げながら、阿近は心底呆れるといった体で溜息をついた。
「折角そんな馬鹿でけえ霊圧持ってんのに、何で鬼道が使えねえんだ…………」
「し、仕方ねえだろ。霊圧のコントロール苦手なんだよ」
様々な所で烙印を押されている。
元来霊圧知覚は苦手であるし、初めて尸魂界に来た時も何だかんだと己の不器用さに幻滅しているのである。
「くっそ、恋次でも出来てんのに何で俺は出来ねえんだ!?」
「随分な言い草だな?一護」
振り向くと、青筋を立てた六番隊副隊長殿が立っていた。
欄干に背を凭せ掛け、引きつった笑みで此方を見ている。
「珍しいっすね、阿近さんが技局の外にいるなんて」
「何、少し気分転換してただけですよ」
「何今更敬語なんて使ってんすか」
らしくねえ、と恋次は破顔する。
他隊からは意外に思われるかもしれないが、十一番隊は十二番隊とそれなりに親交がある。
隊長同士の折り合いは頗る悪いが、更木剣八の霊力封具を技局が手掛けていることもあり、他隊員たちも入り用の品を局へ発注したり何かと行き気があるのだ。
十二番隊と進んで関わりを持とうとする者なんて四番隊か十一番隊くらいのもので、過去十一番隊に所属していた恋次に関する記憶の欠片は未だ阿近の中で新しく息づいていた。
当時こそ平隊員だった恋次に対してあれやこれやと暴言を吐いていたものだが、副隊長である今となっては表面上だけであっても敬意を示すのが阿近である。
「あんたこそそどうしたんです?まだ昼休憩終わったばかりでしょうに」
「ああいや、今八番隊に書類届けに行った帰りなんすよ。歩いてたら珍しく阿近さんの霊圧感じたもんで、ちょっと顔出しとこうかなあと」
「八番隊か…………相変わらずですか?」
「はは…………伊勢が京楽隊長椅子に縛り付けてましたよ」
「まあ、やるときゃやる人ですから。副隊長も確りしてるし、あそこはまだマシでしょう」
「と言いますと?」
「十番隊」
「ああ…………」
先を察してか、恋次は遠い目をする。
「乱菊さんは、ねえ」
「まあ、あそこは取り合えず隊長が気の毒なだけですがね」
「日番谷隊長にも乱菊さんは扱いきれねえからなあ…………前に一度、結界張ってそん中で無理矢理仕事させたことがあるらしいんですけどね」
「ほう」
「翌日から有休一週間取られたって」
「…………あの人が書類止めるせいで、うちも相当痛手受けてるんですがね…………」
「あればっかりはどうしようもないっすかね…………」
ほぼ機能停止状態に陥っている五番隊の業務も兼任する十番隊。
仕事をしないとはいえ仮にも副隊長を欠いたそこではさぞ凄まじい地獄絵図が展開された事だろう。
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ――――――」
ふと会話から意識を一護に飛ばすと、相も変わらず眉間にいつも以上に皺を刻んで呟いている。
だがその対象は、先程とは違い恋次の背中。
「おわ、こっち向けんじゃねえよ一護」
「心配無用、多分片手一振りで薙ぎ払えますから」
「蒼火の壁に双蓮を刻む――――」
ふと、詠唱文が変わっていることに気付く。
まあ、番台を上げた所で成功率が上がるとは当然思えないが。
「大火の淵を遠天にて待つ!」
「…………阿散井!」
ぎん、と恋次を見据えた目に煌めきが宿る。
無意識にぞくりと悪寒が走るのを感じて阿近は思わず恋次の前へ身を投じた。
「破道の七十三、双蓮蒼火墜!」
「――――っ、円閘扇!」
どう、と音がして、目の前の楯に亀裂が入る。
ばらばらと崩れた霊壁の向こうには、信じられないものを見たかのような一護の姿があった。
「あ、阿近さん!?」
「馬鹿野郎、滅茶苦茶しやがって」
楯で防ぎきれなかった勢いは、周囲の土を抉ることで霧散したようだ。
それでもやはり三十番台の縛道で七十番台の鬼道を完全遮断するには無理があったようで、砕けた楯の破片は阿近の頬に一筋の傷をつけていた。
「一護、お前いつの間にそんな鬼道使えるようになったんだ?」
目を丸くして問いかける恋次。それは此方が聞きたいとばかりに一護は片目を眇めた。
「恋次さん――――何やってるんですか――――!!」
名前を呼ばれて振り返ると、後輩の理吉が書類の束を片手に必死の形相をしている。
「朽木隊長怒ってますよ!何でも十番隊から止まってた書類が一気に回ってきたみたいで――――」
どうやら日番谷は見かねて二度目の強制執務を実行したらしい。明日からの十番隊が心配だ。
「すんません、阿近さん――――大丈夫っすか?」
「ああ、心配すんな…………と、阿散井副隊長も執務お疲れ様です」
「っとに…………敬語なんて良いのに。じゃ、失礼します」
ざっ、と一礼の後、恋次は慌てて理吉に駆け寄る。
小言を言われながら六番隊へ急ぐ背を見送って、阿近は漸く目の前の少年に視線をやった。
「このくらい何ともねえよ、そんな顔すんな」
橙頭をぽんぽんと叩いてやると、一護は不安を湛えた顔にむすりとした色を混ぜる。
「しっかし三十番台もまともに打てねえ奴が、七十番を完璧に仕上げてくるとはなあ」
正直驚いた。
最初こそその霊力の高さ故、鬼道の暴発を恐れてはいた。
しかし回を重ねるうちどうにも一護は霊力の意図的放出が苦手なようだと踏んだ阿近は、不発にこそ失笑はすれど暴発・正常な発動に払う注意を怠っていたようである。
「俺が鬼道使えなかったら、斬魄刀も帯刀してねえんだから、阿散井の奴カスリ傷じゃ済まなかったかもしれねえぞ?」
阿散井もお前に負けず劣らず鬼道が苦手だからな、と呟くと、不満の色を何故か少し強くして一護は阿近の袖を引いた。
「ん?」
「…………」
「どうした、って聞いてんだよオレンジ」
「…………だ」
「あ?」
心なしかその目じりが赤い。
「お、面白くなかったんだよ、阿近さんが俺のこと放っといて恋次とばっか喋ってるから!」
「…………ふ」
「わ、笑うんじゃねえ!」
悪いかよ、とそっぽを向いて吐き捨てる。
一瞬、呆気にとられた後耐えきれなくなったかのようにくつくつと肩を震わせる阿近に、一護は見かねて言い募った。
「あーはいはい、悪い悪い。要するに阿散井に嫉妬して、感情が抑えきれなくなったと同時に程良く霊力も放出されたと」
「…………馬鹿にすんじゃねー!」
「何だ、相変わらず可愛い奴だな」
「――――ッ」
口をぱくぱくさせる一護を前に、阿近はどっこらせとばかりに腰を上げた。兎に角傷の手当てをしなければ。
ほんのかすり傷ではあるが、血を止めないと周りから何を言われるか分からないからだ。
どうせ、放っておいた所でありもしない話がでっち上げられ局中に出回るのだけだろう。そしてそれは否定した所で最早阿近をからかう種としかならない。
「ほら、行くぞ黒崎」
手を差し出せば、未だ素直になれない様子の一護が片手を乗せる。
よっ、と力を込めて立ちあがらせると、やや目線よりも上にくる橙頭がぽつりと呟いた。
「それに、よ」
「何だ、まだ何かあるのか?」
「阿近さん相手じゃ、本気で打てねえ」
傷つけるのが怖いから。
人並み以上の霊力を有する自分がその力を暴走させてしまったら、目の前にいる人に一体どんな危害を加えてしまうか分からない。
それが怖いのだ、と一護は言う。
「――――お前」
「…………」
「成程、それ程に俺が実力不足と言いたいのか」
「そ、そんなこと言ってねえよ!」
真意の在処は分かっている。
けれどそんな真剣な雰囲気に流される気分でもなかった阿近がわざとその上げ足を取ると、一護は顔を更に、今度は別の意味で赤くして食いかかってきた。
扱いやすい奴だなあ、と思いながら目指す技局の厚い扉には陽光が降り注ぎ、青銅のそれを抜ける水面に染めている。
一護が鬼道の練習するのに阿近さんが付き合ってあげていれば良いなあ、なんて。