定時退局の代償
尸魂界にも居酒屋というものが存在する。それはもう、沢山。
綺麗なお姉さんが酒を飲ませる処もあれば、渋い親父が一人で切り盛りする立ち飲み屋なんてのもあって。
今俺が足を踏み入れたのは、そのどちらとも違う、所謂「普通の」居酒屋。
宣伝ポイントは店内が全て個室で構成されている所で、人数に合わせて程良い広さの室が用意して貰えるシステムだ。
週最後の授業を終わらせて、現世から此方へ出向いてきたのが黄昏も尽きる頃。
丁度鉢合わせた乱菊さんに「今夜は酒盛りだからあんたも来なさい!絶対よ!!」と念を押されたので、明日は土曜と言うこともあって厚意に甘えることにした。
爺さんに定例報告を済ませた所で残業を終わらせた檜佐木さんと合流し、途中で吉良ともばったり会って未だ把握しきれない瀞霊廷内を適当に案内して貰いつつ二人に連れて来られたという経緯がある。
「すんませーん遅れましたー」
定員に案内された先は、程良い広さの座敷。
軽く声をかけがらりと開かれた襖の先には、それなりに濃厚な酒の匂いが漂っていた。
「遅いわよおしゅーへー!あ、一護と吉良も一緒だったのね」
「よっ、一護!」
「良い所に来たな!」
「どもっす」
「失礼します」
転がる酒瓶をそっと拾いながらイヅルが最後に続くと、見計らったように襖がすぱんと閉じられる。
何事かと思い振り向くと、そこにはちゃっかりと京楽さんが座り込んでいた。
「いやあ、七緒ちゃんが来たのかと思っちゃったよ〜」
「あんたまた仕事置いて抜け出してきたんすか」
「だからこうして入口を気にしてるんじゃないの〜」
見つかったら大変だからね、と頻りに入口から自分の姿が垣間見える状況を減らそうというこの人に、霊圧感知されるという発想は無いのだろうか。
酒がまわっているせいか、その霊圧は普段通り適度に発されていて、副隊長レベルの感知能力をもってすれば見つけるには易いに違いない。
ひょっとして実は見つけてほしいのか?なんて思いながらぐるりと室内を見渡すと、予想外の人物を見つけた。
「あ、阿近さん!?何でこんな所に?」
「俺だって来たくて来たんじゃねえよ」
ちっ、と舌うちをする表情は本当に心底来たくなかったと言わんばかりのもので。
「いいじゃねえか阿近、偶には皆で呑むのもよ?」
「俺は一人で静かに呑むのが好きなんですよ、斑目三席」
「そんな他人行儀にした所で簡単に逃れられると思うなよ?俺は嫌がってると分かってお前を此処まで引きずって来たんだからな」
「分かってんなら離しやがれこのつるっぱげ」
「君、一角に向かってそんな口聞いて良いと思ってるのかい?」
「てめえこそ五席の分際で三席にそんな口聞いて良いと思ってんのか?あ?綾瀬川」
どうにも状況から察するに、一角が折れた前歯を治しに技局へ向かったところ、修復を終えた阿近が丁度上がりだと漏らしたばかりに無理矢理此処まで連れて来られたらしい。
何というか、非常に気の毒ではあるが…………技局でその不在を知らされ、彼の住む場所も知らないが為に次に会うのはいつだろうと肩を落としていた一護にとっては非常に嬉しい誤算である。
「お前、まだ酒呑めねえんだろ?」
一角が回した腕を無理矢理振り払った阿近が此方へ近づいて来た。
払われた本人はもんどりうってそのそり上げられた頭を派手に柱へぶつけたようで、相方の介抱を受けている。
「ああ、乱菊さんに誘われたから折角、と思って来たんだけど」
「無理すんじゃねえぞ」
「分かってるって。酒の匂いなんかさせて帰ったら親父がうるせえし、出来る限り呑まねえようにするつもりだ」
「ったく…………早くあいつら潰してさっさと引き上げるしかねえな」
「阿近さんって酒強いのか?」
「あ?てめえ誰に向かって聞いてんだ?」
*
そんな遣り取りから三時間も経った頃。
夏梨も遊子も未だ布団に入ってすらいないであろう、お開きには到底早い時間ではあったが、まともに座しているのは俺と乱菊さん、京楽さんに阿近さんくらいのものとなってしまった。
弓親は柱に身をもたせかけた一角に拠りかかっているし、恋次と檜佐木さんは畳に伏している。吉良も机に突っ伏しているので意識の有無は分からないが、どうにも寝ているようだ。
「あーあー、皆だらしないわねえ」
「皆今日はハイペースだったしねえ」
「無理矢理呑みに連れてきて先に寝ちまうとは流石に思いませんでしたがね」
ごきゅ、と音をさせて酒瓶から直に酒を呑む乱菊さんと、優雅に杯を傾ける京楽さん。いつも血色を何処かに置き忘れてきたような阿近さんの頬も、今はほんのりと赤い。
「どうします〜京楽隊長?皆寝ちゃったし、このまま此処にいるのも面白くないですよねえ」
「そうだねえ…………この時間なら七緒ちゃんももう僕のこと探してないだろうし、次のお店行っちゃうかい?」
「七緒のことは知りませんけど、それが良いですね。店員さんにでも言っとけば、閉店の時にでもこいつら起こしてくれると思うし」
「そうかい?じゃあ今日は僕がお会計を済ませて来よう」
そう言って立ちあがった京楽さんが、襖をぱたりと閉めて出て行く。
「一護?あんたはどうする?」
「え、そうっすね…………阿近さん、どうします?」
「俺はいい。明日もやらなきゃならねえことあるしな。今日はこの辺で抜けさせて貰います」
「あ、じゃあ俺も今日は」
「そーお?勿体無いわねえ」
「また今度機会があれば誘ってください」
「やあねえ、機会はあるもんじゃなくて作るもんよ!ま、また声掛けるから楽しみにしていらっしゃい」
「あの…………」
「あら、どうしたの?」
酷く申し訳なさそうな顔をした店員が襖をあけて告げる。
「先程京楽様にお会計を頂いたのですが、そこに偶然女性の方が通りかかられまして」
彼は連れて行くから、残りの者に伝えてくれと頼まれました。
そう言って立ち去る店員の背を見送って、ぽつりと呟く。
「隊長…………今日は徹夜ね」
*
「阿近さん大丈夫かー?」
「…………問題ねえ」
結局あれきり宴会はお開きになって、乱菊さんも文句を言いながら大人しく隊舎へ帰って行ったようだ。
本当に寝ている状態のまま恋次達を放置して行って良いものかと思ったが、そこはそれ、馴染みの店だからと乱菊さんに説得された。
しかし今本当に俺が心配しているのはあいつらのことではなくて。
「俺、このまま穿界門通って帰るけど、一人で帰れるか?」
「てめえ、何度俺に同じこと言わせりゃ気が済むんだ」
「…………」
阿近さんが、少しおかしい。
普段から口数は決して多くない人だけど、ここまで喋らないのも珍しい。
ひょっとして平気なふりをしているけれど、その実かなり酔ってるんじゃないだろうか。
酔いが顔に出ない、態度に出ない人は却って危ないと聞く。
かなりの酒量を消費しているにも関わらず普段とあまりにも変わらない、強いて言えば普段よりさらに寡黙になった彼が酷く心配で。
「…………やっぱり家まで送ってく」
「いらねえっつってんだろうが」
「何だよ、俺が家行ったら不味いことでもあんのか?」
「…………勝手にしやがれ」
少し呂律の怪しい隣人をちらりと見て、今日は帰れないかもな、と内心溜息をつく半面まだ見ぬ彼の私生活に手が届くとに期待を覚えている自分がいた。
乱菊さんと京楽さんと阿近さんは酒豪。