一輪の花を貴方に

 技術開発局が創設されて百年と少し。
 初代局長が尸魂界から出奔したのはそれから十余年か後のこと。
 即ち現在技局が背負うその伝統・評判・信頼(偶に不信)の多くは、現局長である涅マユリの功績により築かれたと言って過言ではないだろう。
 
 しかしそれでも、技術開発局という前代未聞の施設の設立を発案し、実現に扱ぎ付けた初代局長・浦原喜助の威光は大罪人の汚名を伴って尚輝きを失わないものなのである。
 
 創設時、局員の殆どは世の情勢に疎い偏屈者ばかり。そして現在もそれはあまり変わらない。
 興味の対象は己の研究と与えられた課題だけで、外の世界がどうなろうと、例え空が割れようと研究が阻害さえされなければそれで良いのだ。
 大切なのは、その人が己に対してどうあるかということ。
 要するに何が言いたいかと言うと、たかが犯罪を犯した程度で浦原に対する敬愛の情は欠片も薄れず、局長の座が涅に移った後も何かにつけて浦原は持て囃される存在だった。
 そしてその罪が実は濡れ衣だったと分かった今、その勢いは増すばかり。
 面白くないのは局長ただ一人である。
 
 「こないだここの隊長に浦原さんの話したらすげえ怒られてさ」
 「…………は?」
 
 書類整理を行う傍らで、一護が椅子に座り足を揺らしながら呟いたその一言。
 一瞬聞き流しかけた阿近だったが、事の重大さに思わず手元の書物をばさばさと落としながら背後を仰いだ。
 
 「ちょ、何してんだよ阿近さん。大事な資料なんじゃねえの、それ」
 「お前、今何て言った?」
 「え、だから大事な資料――――」
 「その前だ」
 「涅マユリに浦原さんの話したらすげえ怒られた」
 「…………それだけか?」
 「…………それ以外何があるんだよ?」
 「…………怒られた、だけか?」
 「え?ああ、何か目ん玉見開いて物凄い霊圧放ってたけど、特に何もされなかったぜ」
 
 つーかされる前に逃げたからな。化粧だけで十分怖いのにあんな形相されたら堪んねえっつーの。 けろりと言う一護に、阿近は頭を抱える。
 
 「いいか一護。今後、局長の前であの人の話は絶対にするな」
 「あの人って、浦原さんのことか?」
 「そうだ。もっと言やあ、局内ではその名前を口にしない方が良い」
 「え…………何で?浦原さんってここの初代局長なんだろ?仲悪かったのか?」
 「いや…………仲が悪かった、とかそういう問題では無くてだな」
 
 どう説明したものか、と珍しく真剣に悩む阿近を、一護は興味深げに見ている。
 
 「確かに浦原喜助はここの前局長で、技局の創設者だ。創設時から此処に居るメンバーは勿論、局内にあの人のことを知らねえ奴はいねえ」
 
 しかしだからと言って皆が皆あの人のことを尊敬してる訳でもねえし、まして好いてる訳でもねえんだ。
 古株の奴らは大抵があの人に恩義を感じてるし、勿論俺もその一人だ。
 あの人がいなけりゃ今でも路頭に迷ってる奴、施設に強制収容してる奴、下手したら死んでる奴だっていたかもしれねえからな。
 
 「局員の殆どの奴らは浦原喜助を好いてるし、尊敬もしてる。あの人のこと話してやりゃ嫌というほど食いついてくるだろうよ。何せ百年近く会ってねえんだからな」
 「じゃあ何で局内で話すんの駄目なんだよ」
 「例外がいる」
 「例外?」
 「…………うちの局長は、何でか知らねえけど技局創設時から浦原がどうにも気に入らねえみたいでな」
 
 例外。
 蛆虫の巣から、技局創設の必須要員として連れだされた時もひと悶着あったらしいし、短い間ではあったが浦原と涅が共に技局に在った頃、二人の関係はお世辞にも良好とは言えなかった。
 浦原はあの通り、何を考えているかこそ分からないものの人好きする性格だ。
 涅にも他の局員と分け隔てなく、ひょっとするとその能力を買っているが故に並以上の親近感を以て接していたかもしれない。否、事実はきっとその通りだろう。
 
 しかし他方が親交を求めても必ずしも他方が応じるとは限らない。人間関係なんて所詮そんなものだ。
 その圧倒的な技術・知能に対するコンプレックスか、はたまた自分とは真逆の軽い性格への嫌悪か。あるいは憧れか。
 兎角涅は浦原に対し極めて辛辣だった。元来人との馴れ合いを好まない性質の人ではあると思うが、それにしてもあの冷たさは異常である。
 照れ隠しとか、愛情の裏返しとか、そんな気配すら微塵も感じさせない態度だった。
 
 浦原が尸魂界から姿を消し、一番喜んだのは勿論彼だ。
 これでようやく技局の長になれる。そう言った時の嬉しそうな顔と言ったら無かった。
 研究に携わっているときしか笑顔なんて見せない彼だが、その時は目に狂喜すら奔って見える程。
 その戦闘能力の高さ故に瞬く間に十二番隊統一をも果たし、気付けば彼は浦原と同様、十二番隊隊長と技術開発局局長という地位を同時に占めるに至っていた。
 しかし彼に追いついて尚、浦原の功績は世に称えられ続ける。
 どうにもそれが気に入らないようで、我武者羅に研究を重ね成果をたたき出して尚紡がれる彼の褒め言葉に、技局の半分が吹っ飛ぶという大事故を引き起こしたこともあったような。
 
 「局長は確かにお前のことを被験体として気に入ってるが、生憎お前の性格はあの人の嫌いなタイプど真ん中、しかも浦原喜助に戦闘を仕込まれてると来ている」
 
 そんなお前が局長の前で浦原のことを話題に何かしてみろ。余程機嫌が良い時でなければ、何をされるか、というか何が起こるか分からないぞ。
 最も、機嫌が良いは良いで十分危険なのだが。
 
 「…………俺、すげえことしてたんだな」
 「…………それだけで済んだのはある種奇跡だな、全く。つーか何もされてないように見せかけて変な薬盛られてたりしねえだろうな?」
 「その後身体に変な所はなかったから大丈夫だと思うけど」
 
 慌ててさわさわと身体をチェックする一護をぼんやりと眺めながら、はたとそういえばこいつは浦原に死神の力を与えられたんだったか、と思い至る。
 事実としては認識していたが、こうして改めてその当人を前にして思いを馳せると何だか不思議な気分だ。
 
 あの人がいなければ、今の自分は此処にはなかった。
 あの人がいなければ、今こいつは此処に居なかった。
 
 己を形成する軸の最も深い所、その成立の一端を一人の男が担い、自分という存在は彼無しにはあり得なかったのだというその事実が何故か酷く面白い。
 
 「浦原さんって、阿近さんにとってはどんな人だったんだ?」
 「…………そうだな」
 
 純真なようで本心を見せない、まっすぐなようで捻くれているその態度が気に入らなかったと言えば嘘になる。
 しかしそれ以上にその凄まじい知能に魅せられていたことは事実だ。
 己のような異形の者に隔てない態度を見せてくれたことに関心もしたが、何より彼の印象を強めるのはその人並み外れた探求心と、不可能を可能にする飛び抜けた創造力。
 まとめると、
 
 「変人」
 「あ、やっぱり?」
 
 やっぱあの人百年前から何も変わってねえんだな、と可笑しそうに笑う一護を見て、改めて礼の一つでも述べておくかと柄にもなく思う。



 浦原さんと阿近さんは割と仲良かったんじゃないかな、と。