幕引きは穏やかに

 「ふー…………」
 
 黒猫を抱えたまま、阿近が溜息をつく。
 
 「お前、一護だろ」
 「!」
 
 驚いて見上げると、阿近がやはり眉根を寄せて此方を見ていた。
 
 「違うのか。そうなのか。はっきりしやがれ」
 (そうそうそうそう!俺!俺だよ阿近さん!!)
 
 ぶんぶんと首を縦に振り、ぱたぱたと尻尾を振ると、阿近はやはりというように再度深い吐息をついた。
 
 「何でそんな格好になってんのか…………聞いたところで話になりゃしねえか」
 
 以前にゃあにゃあとした鳴けない一護を腕に抱え、阿近はしゃらりとその首に掛かったチェーンを持ち上げた。
 
 「お前、流石の俺でもこれが無かったら気付かなかったぞ?」
 
 はたとみると、それは以前霊圧を抑えるのが下手な一護が頼み込んで作って貰った霊力抑制具だった。
 阿近が適当に見繕ったブレスレットに細工を施した、至極簡素なものではあったが気に入って肌身離さず付けていた自分を褒めてやりたい。
 
 「身体が小さくなってるからか知らねえが、今のお前は極端に霊圧が低い。おまけにこんな封具まで付けてんだから…………余程霊圧探知能力に長けた奴じゃなけりゃ気付かねえだろうな」
 
 成程。それで隊長ともあろう奴らが自分の正体に気付かなかった訳が分かった。
 
 「ま、こんなことすんのは大方うちの局員の誰かだろうよ。取り合えず元に戻る目途がつくまでは俺の室にいとけ。うろちょろされても面倒だ」
 
 紫煙の香りが妙に懐かしい。
 ゆらゆらとゆれるそれにうずうずと動く身体を抑えながら、阿近に連れられ無事技局への一途を辿ったのだった。
 
 
 *
 
 
 「やっぱりてめえの仕業か」
 「あ、分かります?」
 「分かります?じゃねえよ馬鹿野郎」
 
 技局へ帰り付いて、真っ先に阿近が一護を連れて向かったのは眼鏡局員の室だった。
 そう、問題を持ってくるのはいつもあの眼鏡だ。
 いつか阿近さんの髪が伸びたときも、原因はあの局員だった。
 
 「で?」
 「え?」
 「何でこいつはこんなになっちまってんだ」
 「可愛いでしょ?」
 「…………否定はしねえが」
 「ですよねー!」
 「にゃーっ!」
 「って、今はんなこと聞いてんじゃねえよ。何の薬使いやがった」
 「企業秘密です」
 「効果はいつまで持続するんだ」
 「一応、今日の為に作ったヤツなんで、日付が変わる頃にはきれるかと」
 「今日の為?」
 「だって今日、猫の日じゃないですか」
 
 胸を張って答える眼鏡に、一護と阿近は本日何度目か知れない吐息を吐いた。
 
 「影響は」
 「一応魂魄だけに及ぶ程度ですけど…………黒崎さんは異例ですから。実体に戻って向こうで効かない保証は有りません」
 「だとよ、一護」
 「…………にゃあ」
 「ま、単純に言やあ日付が変わるまで大人しくしてろっつーことだな」
 
 …………要するに俺は、日付が変わるまで此処から動けねえってことか?なんていう思考をまるきり読んだかのような阿近の言葉が宙を舞い、一護は力なくうなだれた。
 …………深夜帰宅への家族の反応が怖い。
 
 
 *
 
 
 ゆらり、ゆらり。
 目の前で揺れるリボンが気になって仕方がない。先程の紫煙と同じ要領だ。
 身体が動きそうになるのを理性で必死に抑えようと試みるが、今度は努力の甲斐なく。
 
 「!」
 「お前…………外見だけじゃなく中身まで猫になったのか?」
 「…………っ」
 
 笑いを堪え切れない様子で呟く阿近に吠えてみたところで、しゃーっという威嚇音が漏れるばかり。
 閃くリボンを掴もうと伸ばした手は空をかき、体勢を崩した身体は阿近の胸へ飛び込んだ。
 
 (夜一さんは見た目だけ猫だったのに…………)
 
 中身まで猫になってしまうなんて、どうにも悔しい。
 薬が余程強力なものなのか、はたまた自分の単純さ故に精神が外貌に惑わされているだけのか。
 
 それにしてもしかし。
 
 「にゃあ」
 「何だ、擽ってえか」
 
 御名答。
 飛び込んだままの身体を腕に抱えたわしわしと毛並みを掻きまわす阿近に抗議の声を上げる。
 
 「にゃーっ」
 「猫は猫らしく御主人様に可愛がられとけ。それにしても良い毛並みしてんなあ」
 「に、にゃあ」
 「心配すんな。傍目から見りゃ立派な黒猫だ。誰もお前だなんて思わねえよ」
 「…………」
 「ま、オレンジ色の猫にならなかっただけマシなんじゃねえか?もしお前が猫になっち
 まったなんて知れたら、松本辺り何やらかすか分かんねえぞ」
 
 この人、実は俺の思考読んでるんじゃないのか。というくらい的確な相槌を打つ阿近に、恨めしげな眼を向ける。
 しかし本能には逆らえないもので、撫でられるがままになっていると、やがてうとうとと瞼が下がって来た。
 見ると窓からは温かな日差しが差し込んでいる。
 
 「どうした」
 「…………にゃ」
 「眠そうだな…………温かい日差しと撫ぜる手に眠くなりました、ってか?まるっきり猫だな」
 「にゃー」
 
 しかし迫りくる睡魔には抗えず。
 阿近に抱き込まれたまま波に身を任せると、きゅっと背に回った腕に力が籠った。
 高すぎないその体温が程良く眠気を増進させる。
 
 「ま、今日一日位は仕事放って、愛猫を可愛がってやるとするか」
 
 溜まった書類は元凶にでも押し付けりゃ良いだろ。
 柳眉を下げて苦笑する声は既に遠い。
 鼻先に柔らかな口づけを感じながら、黒猫は静かに午睡へと身を委ねた。



 阿近さんは猫好きなイメージ。
 ネコミミはベタだしなあ、と考えた末の全身変化な2/22小説でした。