休日返上、毒に中する

 珍しく阿近が非番を取ると聞いて、一護は意気揚々と現世で調達した食材を手に十二番隊舎の奥へと歩を進めた。
 幾度か連れられ来たことのある邸に辿り着き、呼び鈴を引くと着流し姿の阿近が現れる。
 
 「よ」
 「おう、入れ」
 
 普段は死魄装に長い白衣を羽織っている姿しか見ないので、着崩した背が何処か新鮮だ。
 そういう自分は、霊体を取っている際他の服へ着替える必要性を迫られることもないので、自然尸魂界では常に死魄装を纏っている形となっている。
 淡い色のそれが目の前の人によく似合っているのを眺めながら、着物っつーのも風流なもんだな、なんて季節柄もなく考えた。
 現世は今、雪降りしきる冬真っ盛りである。
 
 「台所、勝手に借りて良いよな?」
 「ああ。最低限の調理器具は揃ってると思うが…………普段料理なんて殆どしねえからな。足りねえもんがあったら言え」
 「サンキュ。でもま、大丈夫だろ。包丁一本ありゃなんとかなるから」
 
 がさがさと袋から取り出され、広くは無い炊事場に並べられる食材をしげしげと眺めながら言う。
 
 「で、何作るって?」
 「カレー。こないだルキアが白哉に作った時に、十一番隊ですげえ人気出てよ」
 
 阿近さん辛いの好きだし、あいつらが美味いっつって食ってたんだからこっちの人の味覚にも合うのかと思って。
 そう言って一護は辛口と表記されたルーの箱を振り笑みを刻む。
 
 自分が現世で死して此方へ来たのは随分前のことだ。
 生憎生前の記憶は無いから死ぬ前がどうであったのかは分からないが、少なくとも此方に暮らすようになってから百余年、カレーなんて物を口にしたことは無かった。
 現世へ任務に赴くこともごく稀な役職だ。未だ未だ現世と文化間の隔たりがある尸魂界にいては仕方のないことだろう。
 
 「食材はこっちにある物と大して変わらねえな」
 「そーだな…………ルー入れるまでは普通の煮物と見た目はあんま変わらねえかも。ほら、阿近さんだって肉じゃがくらい知ってるだろ?」
 「…………分からいでか」
 「現世に、カレーに似た料理でビーフシチューっつうのがあるんだけどさ、それ作ろうとして失敗の末出来たのが肉じゃがなんだ」
 「俺達の食文化を失敗の一言で済ませるつもりか?」
 「いや、そう言う訳じゃないけど」
 
 言いつつもてきぱきとこなされる調理過程に、阿近は世辞抜きで感心する。
 母親が他界してから家の事は妹と協力してやって来た、なんて話を良く聞くが、それにしても手際が良い。
 高々十数年しか生きていない、それも家事を専門職にしている訳でもない少年のそれとは思えない程だ。
 
 「慣れてるな」
 「まあ、カレーっつったら子供が一番最初に作る料理、つっても過言じゃないし。ちょっとやりゃ簡単に出来るようになるぜ?」
 「ほう」
 「少なくとも阿近さんがいつもやってる薬の調合やらよりはずっと簡単だと思う」
 
 正しく興味津々、といった体で手元を覗きこむ阿近に苦笑しながら、一護は野菜を切り分けて行く。
 
 「っつ」
 「どうした?」
 「や、なんでもねえ…………くそ、この玉ねぎキツいな」
 
 刻む手を止めごしごしと眼を擦るその手をのけると、紅く染まった目尻に涙が溜まっていた。
 
 「何だ?玉ねぎ切って泣くって…………何処の子供だ?」
 「うるせえ。仕方ねえだろー…………あー痛え」
 
 先程までの熟練振りは何処へやら、染み行った玉ねぎのエキスに抗うことが出来ない様子で一護はぽろぽろと涙をこぼし続ける。
 徐に顔をまな板から背けさせ、頬に回した手もそのままに滑り落ちる雫をぺろりと舐め取ってやった。
 
 「ちょ、何して…………」
 「泣いてる奴を黙らせるにはこれが一番だろ」
 「な」
 
 ついでとばかりに上唇に舌を沿わせると、阿近はそれきり何事も無かったかのように奥の座敷へ引っ込んでしまった。
 
 「出来上がったら声掛けてくれ。頼まれてる書類処理が未だ終わって無くてな」
 「――――っ」
 
 週一の休みを返上してまで愛しの人の為に料理をしにやって来て、相も変わらず振り回され放しなこの現状。
 しかしそれらに言う程の嫌気もささない自分がいる。
 …………これは、かなりの重症かもしれない。
 
 自分だけやられているのも不公平だから、いっそカレーに思い切りのスパイスを盛って止め処ない程の涙を流させてやろうか、なんて子供染みた発想を胸にしまいつつ、ぐいと頬を拭う少年。
 すこしずれてはいるが、違いはなく青春真っ盛りである。



 日常のひとかけら。
 なんていうか、一護が完全に嫁ポジションですね…………本望です。