今一度、相見えんとす

 「阿近殿」
 
 電柱の上に腰を下ろし一服していると、背後に一つの霊圧が降り立った。
 
 「お疲れ様です」
 「貴方は確か…………朽木の、」
 「護挺十三隊が隊士、十三番隊の朽木ルキアと申します」
 「存じています。旅禍の件で貴方の義骸の検査に携わらせて貰った」
 「…………その節は世話になりました」
 
 冬と春の境を告げるような、冷たい雪が降る。
 ルキアは、足を滑らせぬよう気を配りながら器用に塀の上へ降り立った。
 
 「確か、空座町での現世任務中に騒動に巻き込まれたんでしょう?懲りずにまた同じ所で滞在任務ですか」
 「…………お恥ずかしいことです。私も二度とあのような失態を犯してはならぬと思い、浮竹隊長に辞退を申し上げたのですが、」
 
 黒崎一護を良く知るお前が適任だろう、と。
 現世での虚処理に加え、突如として霊圧を失い不安定であろう一護を見ていてくれ、と。
 
 「空座町が重霊地と判断された今、私以外にも別の死神が一人。共に任務に携わってくれていますから」
 
 もうあのような事件は起こりますまい、と困ったように微笑んだ。
 言外に、自分の任務内容には後者のそれが優先して含まれるのだろうと告げている。
 
 「阿近殿は、どうして此方に?」
 「何、重霊地の定期観察ですよ」
 「…………然様ですか」
 
 自分が此処へ降りた時から。
 否、自分が彼を見つけた時から微動だにしないその視線の先をちらと見遣り、ルキアは言い様のない表情をする。
 
 「…………酷な、ものですね」
 「と、いいますと?」
 「全力を傾けて尸魂界を護った結果が、霊力の永久消失では」
 「…………全ての魂魄、強いては世界の理が護られた代償が、一人の人間の霊力消失なら安いものでしょう」
 「…………そう、お思いですか。本当に」
 
 問わずとも知れている。
 ルキアはこの男のことをよく知らないが、その深緋の瞳の奥底にある暗い影が全てを物語っていた。
 
 瀞霊廷の騒動が仮初の終焉を得た短い時間。
 彼は瀞霊廷を訪れる度何処かへ足を向けていた。
 自分にも任務と言うものがあったから、彼の行く先が何処であったのか知らない。
 けれど、現世へ赴く度決まって此処に立ち寄る目の前の人の存在を認識してからというもの、言葉には出さないが一体二人の間に何があったのか、察するのは酷く易い。
 
 「…………仕事を済まされたのであれば、早急に尸魂界へお帰りになるが宜しいでしょう。浦原殿からの伝令によれば、後十数分程で此処に虚が現れるようですので」
 
 幾ら焦がれても、幾ら求めても。その視線が我らを捉えることは無い。
 幾ら叫んでも、幾ら嘆いても。この声が彼に届くことも無いのですから。
 そう言ってしまえばきっと目の前の男は苦笑混じりで「分かっている」と言いながらも腰を上げるに違いない。
 だがその現実を突き付けるのはルキアの役目ではなく、また己が為して良いことでもない。
 そして、それはきっと誰が為し得ることでも、誰が為し得て良いことでもないのだ。
 
 けれど、その姿は目上に留め置くには余りにも痛々しくて、ルキアは言い訳がましく撤退を促した。
 こんな卑怯な真似、本当はしたくないけれど、止むを得ない措置だと思ってほしい。
 
 「…………任務阻害、失礼しました」
 「そんな、十二番隊の三席殿にそのようなお言葉を頂いては、上に怒られてしまいます」
 
 それでも確と立ちあがり、あまつさえ四大貴族だからと格下の死神に目礼をくれるのだから、ルキアとしては返す言葉も無い。
 兎角曖昧な笑みと謙遜の言葉を贈ると、阿近はふっと微笑んで、何処からともなく現れた地獄蝶を伴って穿界門への道を開いた。
 去り際にやはり少しの視線を、窓硝子の向こうに送る仕草がどうにも哀しくて。
 その足跡が雪花に埋もれるのを見届けることしか出来ない自分が、酷く歯痒い。



 義骸に入って姿を見せるのは簡単だけれど、それでは何の意味もない。