雪洞をほどいて

 「今日は御馳走だからね!早く帰って来るんだよ、お兄ちゃん」
 「あ?」
 
 居間に小振りな雛人形が飾られているのを見て、ああもうそんな時期なのかと一護は一人納得する。
 
 「遅れて帰って来たからって、ちらし寿司全部ヒゲに食われても知らないからね、一兄」
 「へいへい」
 「そうだぞ一護、俺がお前の分まで全部食ったからって父ちゃんはヒゲ剃ったりしないゾ!」
 「てめえは黙ってろ」
 
 どすりと実の父親を足蹴にして、一護は門扉を潜った。
 浦原商店に赴く前にふと思いついて、歩を進める方向を90度転換させてみる。
 
 「お兄ちゃ――――ん!早く帰って来てね――――!!」
 「分かった分かった!」
 
 
 *
 
 
 「どーも、黒崎サン。今日は報告の日ですか?」
 「ああ、いつも悪いな浦原さん」
 「どうってこと無いっスよ、これくらい」
 「サンキュ。あ、今日…………雨っているか?」
 「雨っスか?今丁度買い出しに行かせた所なんスけど…………黒崎サンが雨に用事なんて珍しいっスねえ」
 「いや、大したことじゃねえんだけどさ」
 「?」
 「ほら、今日雛祭りだろ?行きにコンビニでコレ買って来たから、後で渡しといてくれよ」
 「おや、雛あられっスか。黒崎サンも偶には気が効くんスねえ」
 「偶は余計だ、偶は」
 「ありがとうございます。きっと喜びますよん」
 「儂の分は無いのか?一護」
 「うお、吃驚した…………って、夜一さんはもう大人だろ」
 「心はいつまでもてぃーんえいじゃーじゃっ」
 「夜一サンには、アタシが腕によりをかけて美味しい晩御飯作ってさしあげますよ」
 
 
 *
 
 
 「あれえ、珍しいねえ。いっちーが自分からここ来るなんて!」
 「ああ、ちょっとお前に用事があってな」
 
 今剣ちゃん呼んで来るね、と言い残して一目散に隊舎へ飛び返りそうな背をはっしと掴んで、ずいとビニール袋を差し出す。
 
 「なあに、これ」
 「雛あられだ。知ってるか?」
 「あられ!」
 「今日、三月三日だろ」
 「女の子のおまつりなんだよね!」
 「何だ、良く知ってるじゃねえか」
 「ちかちゃんが教えてくれたの!」
 
 ぴょこぴょこと跳ねる頭をわしわしと掻き回し、一護はにかっと笑って告げた。
 
 「現世じゃ、雛祭りにはそれ食べて色々祝ったりするんだよ」
 「ふうん?」
 「こっちには無いのか?雛祭り」
 「さっきシロちゃんがお酒飲んでたよ!」
 「誰が隊務中に酒なんざ飲むか。松本だ、松本」
 「冬獅郎」
 
 いつの間にかやちるの後ろに出現していたその名を呼ぶと、懲りずに「日番谷隊長だ」と訂正した後、冬獅郎は深い溜息をついて言った。
 
 「こっちの雛祭りは、どっちかっつーと菓子より酒の風習の方が強くてな」
 「え、でも雛祭りって子供の祭だろ?何で乱菊さんが」
 「あいつは常に何か仕事をサボる理由探してやがるだけだ」
 
 朝から大声で「隊長!今日は女の子のお祭なんで、あたし仕事しなくて良いんですよね!」なんて意気揚々と叫んだ情景が目に浮かぶ。
 続けて冬獅郎が「何が"今日は"だ。普段から仕事してる時間の方が少ねえじゃねえか」と呟いているのを見ると、強ちこの想像は間違っていないようだ。
 
 「シロちゃんも食べる?あられ!」
 「俺はいい」
 「ええー、おいしいよー?」
 「いらねえ」
 「そうだよな、冬獅郎は男の子だからな。五月五日に柏餅持って来てやるよ」
 「――――言い残すことはあるか、黒崎」
 「…………あ、あ――――!わ、悪い冬獅郎。俺、今日は早く帰らなきゃならねえからさ、先急ぐわ!」
 
 乱菊の破天荒に同情する反面ついからかってしまった少し前の自分を猛烈に後悔し、一護は瓦の上へ飛び乗った。
 心なしか周囲の気温ががくりと下がった気がしたが、気付かないふりをして通い慣れた空を行くことに専念する。
 
 「待てッ、黒崎!」
 「いっち――――!次は金平糖持ってきてね――――!!」
 
 
 *
 
 
 「何だ?今日はまたやけに急いで来たな」
 「に…………逃げて来た」
 「また更木隊長か?」
 「と、冬獅郎」
 「はあ?」
 
 息も絶え絶えに目的の室へ到着すると、開口一番盛大な疑問符が飛ぶ。
 
 「頭に花まで咲かせて。なんの余興だ?」
 「え?」
 
 言われて反射的に髪に手をやると、耳元に何か木の枝のようなものが刺さっている。
 そういえばさっき、道すがら急ぐあまり木々に突っ込んでしまったことを思い出す。
 
 「さっき引っかかったんだな。全然気付かなかった」
 「は。お花をあげましょ桃の花、ってか?」
 
 頭もぼんぼり色で丁度良いんじゃねえか?などと言い笑う阿近を横に花を外そうと必死になるが、どう引っかかったものかなかなか取れる気配が無い。
 
 「そうだ、さっき十番隊の副隊長が此処に来てな」
 「乱菊さんが?」
 「お前が来たら伝えてくれ、って」
 
 何でも、十番隊の隊舎で大々的に雛祭りと称した宴会が催されているらしく。
 帰る前に少し顔を出せと、つまりそう言うことらしい。
 
 「…………冬獅郎に見つかったら若干マズい気もするんだけどな」
 「何か言ったか?」
 「いや、大したことじゃねえ」
 「…………ま、行く行かないはお前の自由だ。確かに俺は伝えたからな」
 「サンキュ…………取り合えず顔出すだけでも出しとくかな。行かなかったら後が怖いし」
 「呑み過ぎんなよ」
 「呑まねえよ。未成年だっつーの」
 「てめえが呑まねえつっても、あの松本が呑まさねえままで帰す訳無いだろ」
 
 ひょいと耳元に手を伸ばし、阿近が桃の花を取る。
 散々苦労しても取れなかったのに、その一動でいとも容易く手に渡るのが少し悔しい。
 
 「ま、桃の節句なんてお前にゃ関係無いよな。どっちかっつーと端午の節句か?」
 「…………子供扱いすんじゃねえ」
 
 自分が言われて改めて、本日と言う日が如何に冬獅郎の精神へ負荷をかける物かに気が付いて。
 先程の無礼を顧み、ひとまず後で顔を合わせたとき只管に謝っておこうと思いなおす…………謝った所で傷を蒸し返すだけかもしれないが。
 
 「じゃ、行ってくるわ」
 「おう。気ぃ付けて行って来い…………色んな意味でな」
 「洒落にならねえんだけど」
 
 苦笑するその唇に口づけること数瞬。
 やや頬を赤く染めながらも、漸く恋人らしい振る舞いに慣れて来た一護が困ったように微笑み、手を振って窓枠から室を後にした。
 手にした紅のささやかな花を試験管に差し、漂う甘い香りに暫し酔うこととする。
 
 「ま、潰れても迎えにくらい行ってやるから。安心して楽しんで来い」



 雛祭り!兎角女の子を出したかったんだけれど…………雛森まで手が届かなかった。無念。
 セカコト。さんの素敵な雛祭りのお話と、少しばかり繋がせて頂いております!
 尚、お話は御本に収録済とのことです。