裏表、対偶

 「一護」
 
 此処へ辿り着くまでにきっと、目の前の子供は嘘の洗礼を散々と浴びて来たのだろう。
 幾分か疲れたような顔をしている様子に少し皮肉気な笑みを向けて、阿近は隊舎裏の並木道へと一護を誘いだした。
 
 「こっちも満開だな、桜」
 「ああ。今年も白衣一着犠牲にして作業した甲斐があったぜ」
 「?」
 「泥まみれになるんだよ。中々骨が折れるもんだぜ?木の下に屍体埋めるなんざ」
 
 さらりと流された言葉に目を丸くして此方を振り向く子供が酷く可笑しい。
 嘘だろ?と言いたげな反射回路と、頭上の何処か紅味の強い花弁に透き通った血糊の色が重なるからか、端から嘘だと否定しきれない思考回路。
 
 「一応聞くけど、嘘だよな?」
 「さあな」
 「さあな、って」
 「ゴソウゾウニオマカセシマス」
 「…………エイプリールフール、の冗談?」
 「そう思いたきゃ思え」
 「…………いやでも…………なあ?」
 「何だ」
 「あの技局だかんな…………もしかして本当に埋めたのか?屍体」
 「知りたいのか?」
 「…………やめとく。花見、誘われてんのに平常心で出られなくなりそう」
 「賢明な判断だな」
 
 ただ綺麗なものを眺めているだけ、といった視線に、少しの不安と畏れの影がちらつく。
 あまりに単純なその変化にくすりと声を漏らすと、一護は不満気な声を上げた。
 
 「一護」
 「何だよ」
 「好きだぞ」
 「…………え」
 
 一拍置いて徐々に表情が固まっていく。
 やがて言葉の意味を理解したのか瞬時に頬を赤く染め上げるが、たちまちその色は木陰に沈んでしまった。
 
 「…………阿近さん、今日何の日か知ってる?」
 「嘘をついても良い日だろ」
 「…………っ」
 
 四月一日。エイプリールフール。
 それを分かった上での、真正面からの告白。
 その言葉に乗せられた、今日だけの意味。
 
 「お、俺は…………」
 「何だ、俺が好きだっつってやってんのに嬉しくねえのか」
 「…………あ、阿近さんなんて大嫌いだっ」
 「はあ?!」
 「あ、阿近さんが俺のこと好きでも、俺は阿近さんのこと大っ嫌いだからな!」
 
 目尻に涙が浮かぶ。
 好きだと、明瞭な言葉にして言われたことなんて今まで無かったから、喜んで良い筈なのに。
 日付という枷のお陰で様々な衝撃がごちゃ混ぜになった百面相のような顔を暫く見つめて、不意に阿近はその仮面のような顔に少しの困惑と照れを貼り付けた。
 
 「阿近さんが、幾ら…………っ」
 「ああもう、まどろっこしい奴だな。俺が好き、っつってんだから素直に喜んどきゃ良いんだよ」
 
 こういうときばっかりはお前に身長抜かれてんのが気に食わねえ。
 なんて言いながらぐい、と首に腕が回されて、否応なしに一護は体勢を低くする。
 
 「嘘でも、嫌いだなんて言われるのは嬉しかねえもんだろ?」
 
 世間を斜め十五度から見下ろすように、嘘と曖昧にまみれたこの性質を自覚していない訳が無い。
 だからこそ今日一日くらい、素直になってみるのも悪くない、と思う訳で。
 
 「愛してる」
 
 囁くような声を、吹き荒ぶ桜吹雪に乗せる。



 いつもは天邪鬼。ひらっと嘘ついたり曖昧な言葉で濁したり。
 いけないとは思いつつ素直じゃない阿近さんが、一年で一度素直になれる日。
 
 ところでサトウキビ位甘い阿一を表すならひらいけんさんの「君の好きなとこ」がベストだと思います。
 阿近さん視点で。