空を泳ぐ魚
きら、と窓から射し込む光を細いフレームが跳ねかえす。硝子に泳ぐは空色の雲。
丁度レンズが乱反射して、ここからではその奥にある深緋の瞳が今どんな色を映しているのか定かには見えないけれど。
きっと目前に据え置かれた様々な色水を順に宿しているのだろうと、想像するに難くない。
「悪い、今手ぇ離せねえから、ちょっと待っててくれるか?」
そう言った人の顔には見慣れない眼鏡が乗っていた。
研究や書類業務が立て込んで忙しそうにしているのはその人の常だからさして不思議に思うこともなく頷いた一護だったが、何故かその眼鏡が気にかかって。
細い弦に縁の無い硝子がよく似合う横顔を、白衣の背に代えてぼうっと眺めていた。
かたかたと硝子窓が音を立てる度ゆらゆらと日の光が揺れて、合わせて試験管の水面がきらきらと揺らぎ、跳ね返る光もひらひらと閃いて、レンズもとりどりの十色に染まる。
平淡な硝子板が万華鏡のようで飽きもせず眺めている内に、高かった日も徐々に傾いて射す光は橙に侵され始めていた。
「……こんなもんか」
ふう、と一息吐いて漸く阿近は待ち人を顧みた。
「一護?」
「ああ……悪い、ぼーっとしてた」
とは言いつつ、尚も心此処に在らずな少年の頬をぱしりと両側から包むと、橙の髪を揺らしながら鳶色の瞳が少し不機嫌に陰った。
「それ」
「あ?」
「前から掛けてたっけ?」
「ああ……これか?」
かちゃりと片手に外すと、平素と変わらぬ深緋の瞳が現れて、少し安堵する。
「使ってた視力補強剤を切らしちまってな、鵯州に調合頼んでる所なんだ」
「補強剤?」
「長年の研究の賜物でな、裸眼じゃここからでもお前の顔がはっきり見えない」
ソファに座り込んだままの一護と目線を合わせる為屈んだ阿近。顔間の距離は僅か30cm。
「それで、眼鏡」
「ああ。別に補強剤なんざ使わなくとも、普段から眼鏡掛けときゃ何の支障も無いんだが……鬱陶しくてな、あんまり好きじゃねえんだ」
少し忌ま忌ましそうに指先で弦を摘む様子は一護が良く知るそれと何ら変わりなくて。
「似合うだろ?」
小意気味良い笑みを浮かべて再び顔面に押し込まれたそれを、腕を少し伸ばして再び外す。
「似合うけど……何か、阿近さんじゃねえみたいだ」
「何だそりゃ」
ふにゃ、と笑う一護に不可解な声色で相槌を売って、髪をくしゃりと撫で回す。
「眼鏡があろうが無かろうが俺は俺だ。それくらい分かってるだろ」
「…………」
「何だ?構ってやれなかったからって、そんなに寂しかったのか?」
「んなこと一言も言ってねえ」
しかしかと言ってこの自分でも上手く掴みきれない感情を表現する言葉が見つからず、少し困ったように柳眉を下げる一護に阿近は不器用に微笑んだ。
「わ」
「じっとしてろよ」
「てめ、どさくさに紛れりゃ何しても許されると思うなよ!」
尸魂界にコンタクトレンズは似合わない、ので、苦肉の策の補強剤。
鵯州さんにはいつもお世話になってます。