愛について。
時々、本当に時々ではあるが、その曇りなき眼が寄せる全幅の信頼が些か重い。
己が他から信頼を受けるに相応しい者でないことを重々承知しているから、余計に。
信頼を寄せらるるに先ず必要なことは、己が他者に信頼を与えること。
最も初歩的な段階に置いて、既に己は信を得る資格を有していないのだ。
異端の外見に相応の不躾な視線、印象。
覚えていない程遥か昔から、己に信頼を寄せ全てを預けようとする変わり者はいなかったし、己は
己でいつ何時裏切り裏切られるか知れないこの無慈悲な世界で、信じるのは常に己一人だった。
裏切りと、そこに付随する暗く苦い感情を嫌という程知っている。
何を持ってその行為を裏切りと呼ぶのか、尺度は人それぞれで。
他者に言わせればそれは単なる応酬の一欠片で、それほど大層なことではないのかもしれない。
しかし寄せる信の幅が大きい程些細な科白も精神に微量かつ多大の傷を負わせるものなのだ。
何もこの世に生を受けたときからこのような人好きせぬ目つきをしていた訳でもない。
しかしどれ程己が他者を信じても、相応の返還が為されることはなく。
いつしか無条件の信頼、なんて煌びやかで直ぐな言葉は己の辞書から軽やかに滑り落ちて、自身の外に気を置くという選択肢すら透に見えなくなってしまった。
この子供は、きっと人を疑うということを知らないのだろう。
聡い子供だから。
あからさまな敵意や害意を含んだ言葉に注意を払うことくらいはあるだろうが、根幹をなす部分に"疑って掛かる"等という薄汚れた癖の絡み付くことはない。
いつでも真直ぐに人の目を見、素直に言葉を受け入れる。
それが例え心地の良いものでは無くとも、沈んだ気のなかで自己流に本質を解釈し、身につけて行く。
穢れのない、澄んだ根幹。
最初は、その悪意に欠けすぎた視線に射抜かれるだけで酷く居心地の悪い思いをしていた。
霊圧を感じるだけで己の荒んだ精神にぴりりと鈍痛が走り、言葉を賜ろうものなら臓腑が酷く締め付けられるような感覚がしたのを覚えている。
だがそれも僅かな間のことで。
特にこうして二人で過ごす時間が増えてからというもの、晴れた空に溶け行くような清々しい気配がいずれこの腐った性根をも瑞々しく黄泉返らせてくれるのではないか、なんて柄にも無く虚構染みた心持になることさえあるのだから不思議なものだ。
無条件に与えられるそれを、とうに枯らした筈の心が返すように寄せていると気付いたのはそれからすぐのこと。
「阿近さん」
名を紡ぐ、穏やかな声色。
ひょっとすると、信頼なんて大仰な言葉はこの曖昧な関係に相応しいものではないのかもしれない。
けれどそれでも、通う心がそれぞれに寄せ合い預け合う。そこに存在するものを相互の信頼と呼ばずに、果たして何であると言おうか。
人と人の心が繋がる時に生まれる八百万の関係のなかで、最も澄んで、真直ぐなそれを。
「何だ、一護」
涼やかな微笑で呼び返す。
寄せ合うだけでは飽き足りぬ――――そこが、愛とは違う所。
何が書きたいか分からなくなってきた後の消化不良な文章。だが晒す。
阿近さんは何故か無駄にまどろっこしい事ばかり考えて深みに嵌りそう。
…………まあ、一護もきっとそう言う傾向はありすぎるくらいあると思うんですけれども。