君は今、

 「えっらい辛気臭い顔しとんのォ、一護」
 
 道中振り返ると、そこには馴染みの金髪があった。
 
 「平子…………?!」
 「何や、俺が此処に居んのがそんな変か」
 「お前、尸魂界に戻ったんじゃなかったのかよ?」
 「阿呆言え、俺はあそこを追放されたんやぞ?もう仲良しこよしとちゃうんや、何で戻らなあかんねん」
 
 ちゅうか、"戻る"とことかもう無いし。何処に"戻れ"っちゅうねん。
 零すおかっぱ頭は依然と何ら変わらなくて、最後の戦い以来死神というものを不思議な位目にしていない一護からすると、突然の再開であるはずのこの瞬間が酷く日常に馴染んでいることが不可思議でたまらない。
 勿論、そんな気分になれるのはアンダーグラウンドで平子が感じるに感じられないよう回した気を上手く操っているせいなのだろうが。
 
 「何や、あれから誰とも会うてへんのか」
 「誰とも、って誰だよ」
 「ルキアちゃんとかー山本の爺さんとかー――――」
 
 指を折りながら懐かしの面々の名を上げる平子の真意は読めない。
 話す事も話したいことも沢山あるはずなのに、上手く言葉を紡げずにいると不意にその一言が耳に飛び込んで、オレンジ色の思考は瞬時に灰褐色へと色を移した。
 
 「阿近とか」
 「…………何で阿近さんが出て来んだ、そこで」
 
 ちらりと此方を見ながら呟かれた最後の名前は、未だ記憶に新しい、けれど皮質の奥深くに仕舞い込んだ筈のもの。
 心を殺して思い出さないようにしていたのに、飄々としたこの男にいとも容易く引き出されてしまったのが無性に虚しい。
 
 「いや、初めてお前と会うたとき矢ッ鱈滅多ラあいつの霊圧纏わりつかしとったさかい、何や仲ええんやなあ思たんや。せやから、つい。な」
 
 あいつはあれで一応ひよりの部下やったさかいなあ、俺もよー世話になったわ。
 昔を懐かしむ様な、蔑む様な、それでいて何処か遠くを見つめる様なその目は今、何を映しているのか。
 不意に振り向いて、何時になく神妙な様子で平子は尋ねた。
 
 「――――淋しないんか」
 「…………何の話だ」
 「阿呆、そこまで言わなあかんのか?」
 「生憎、お前が何を言いたいのか分からねえな」
 「…………そうか」
 
 痛そうな、顔をする。
 感情が顔に直ぐ出てしまうのは長年のコンプレックスだったが、近頃では上手く隠す術を身につけたと思う。
 きっと今も、自分は普段と何ら変わり映えのしない不機嫌な顔をしている筈だ。
 なのに何故、この男はこうも自分の連れない返答の一言一言にこれ程くるりくるりと表情のチャンネルを回すのだろう。
 
 「あいつも…………だーれも会いに来おへんのも空しい感じやなあ」
 「馬鹿か。それが普通なんだよ。俺は今"普通の人間"なんだからな。死神とそうほいほい会うなんて、その方がおかしいだろうが。普通」
 「普通、か…………なあ、一護」
 「何だよ」
 「普通、て何やろな?」
 「…………俺に、訊くな」
 
 この子供はきっと上手く隠しているつもりなのだろう。
 
 何の先触れもなく己が目の前に現れたこと。
 遠ざかっていた筈の、あるいは遠ざけていた過去を蒸し返されたこと。
 真意の読めない質問をぶつけられること。
 
 全てに不信と疑念と、苛立ちとが渦巻いている筈なのに、子供の顔には一切の色が浮かばない。
 ただいつもと同じように、否、自分がいるからいつもより余計に二三本をプラスして、眉間の皺は深いままで口はへの字に結ばれたままだ。
 
 だが、そのあまりにもいつもと変わらない不機嫌そうな無表情がこの状況ではより不審であることに子供はまだ気付いていない。
 
 (何やかんや言うても、こいつも未だガキやからなあ…………)
 
 阿近、と。
 懐かしい名前を口に出した瞬間凍りつく頬の筋肉を自制することまでは出来なかったようだ。
 その一動で、子供の内心の揺れ動きが手に取るように分かった。
 
 その辛さの程を正確に推し量ることは、残念ながら出来ないけれど。
 勿論、出来れば良かった等と思うこともないけれど。
 
 「一護」
 「あーもう、何だよさっきから。大体お前、何でここに――――」
 「最後や。よう聞け」
 「…………何だ」
 「お前――――」
 
 その答えを聞いたところで為す術は無いけれど、訊かずにはいられなかった。
 理不尽に齎された力を不条理に奪われる。
 その数奇な運命を、果たして子供はどう受け止め、その行く末がどうあることを望んでいるのか。望んでいたのか。
 
 「――――いや、何でも無いわ」
 「何だよ、言いかけたなら最後まで言えよ。気持ち悪いな」
 「阿呆、俺は気持ち悪ウてなんぼやろ」
 
 けれど、喉の仏まで出かかったその言葉が声帯を震わせることはなかった。
 その少し濁った茶褐色の瞳が精彩を取り戻すのを、そして再び絶望に彩られるのを見たくはなかったから。
 
 「おい」
 「何や、お前なんかに教えたる訳ないやろ」
 「てめぇ…………」
 
 あかんべえと下まぶたを引っ張る。
 ぴきりと額に青筋を立てる姿すら、己が己であるが故に見ていて少し痛々しい。
 
 この子供にとって己はただ、あちらとの繋がりを感じさせてしまう、楔でしかないのだから。
 己は間違いなく"あちら側"の"人間"で、今ここにこうして、子供の前に姿を見せていることすら子供にとっては耐えがたい苦痛であるに違いない。
 本人がそれを自覚しているかどうかは別として。
 
 「あああーあんな所にっ」
 「?!何だ」
 
 ベタな方法。
 思い切り驚いたふりをして、一護の後ろに指を差す。
 単純な子供は素直に驚いて大人しく後ろを振り向いた。
 
 その隙にひょいと飛び上がった平子は、義骸に入っていても尚衰えないその身体能力を持ってして、今はもう並以上の人間の力しか持たない一護の手が、目が届かない高みへと移動する。
 霊圧を感知する術すら残していない子供には、きっと己が突如として消えてしまったように見えるだろう。
 案の定、今一度振り返った所で突然の出来事に驚いているようだ。
 己を探しきょろきょろと揺れ動く橙の髪を思い切り梳きまわしてやりたい衝動に駆られたが、それをすべきは己では無い。
 
 (…………早う、迎えに来たらんかい)
 
 それが道理に叶うことで無い事は知っている。
 けれど今、道理は覆されねばならない。
 さもなければ、子供は知らずの内に押し殺した感情につぶされてしまうだろう。
 
 「――――難儀な話やのぉ」
 
 人知れず零した吐息は、沈む夕日に溶けるように。



 関西弁楽しい。
 これだけ重い話を書いておいて思ったのはそれだけです。反省。