紅瑠璃に光る、
「トリックオアトリート」
「え」
「とか、言うんじゃねえのか、現世の子供は。今日。」
「…………」
煙草を燻らせながら一体何を言い出すかと思えば、発言の張本人は只ゆらゆらと煙を閃かせて、窓の外を眺めている。
「菓子を強請るんだろう」
「…………間違っちゃいねえけど、何か色々誤解を招きそうな言い方だな…………」
一護は柳眉を下げて言った。
「つーか俺、子供じゃねえし」
「俺から見りゃ十分子供だ」
「そりゃあ、こっちの人からすりゃ俺なんて未だ未だ子供なのかも知んねえけど…………って、そう言う問題じゃねえよ」
事あるごとに受ける不当な扱いにはもう随分と慣れた。
此方の世界で俺を子供のように扱わないのは、きっとやちるくらいの物だと思う。
とはいえそれも所詮は彼女の奔放さに由来することなのであって、実際問題彼女と自分の間には一体どれ程の年齢差があるのかなんて、考えたくもない。
「ハロウィンってのは、別に菓子をねだる為の行事じゃなくて」
「じゃあ何だ」
「うーん……悪霊を追い払う為に仮装する日?」
「疑問形か」
「俺だって起源とか、詳しい内容なんて知らねえよ」
「何でそこに菓子が絡むんだ」
「だから知らねえって。取り敢えず、小せえ子供が仮装して街中歩いて、菓子貰いに行く日なんだ。高校生にもなってハロウィンはねえよ」
否、無いとは言い切れない。
現に今日の昼間は教室中に甘ったるい香りが立ち込めて、校内では女子達が『トリック・オア・トリート!』なんて叫びながら、手製の菓子を配り歩く光景が頻繁に見られた。
一護もその恩恵には一応預かったが、何せ掌に乗せられたのが織姫作のクッキー(らしきもの)だったので、正直なところ恩恵というより何かしらの罰ゲームをさせられている気にすらなったものだ。
隣の啓吾が煩かったのでその大口に貰ったクッキーは放りこんでおいた。
その後彼が如何なったのか一護は知らない。
兎角、ハロウィンというのは必ずしも子供だけの祭ではないのかもしれないが、
それでも都合良く解釈された外国の文化が日本に菓子の日として根付いてしまったことに変わりは無いのだろう。
「やるのは子供だけなのか」
「基本は。まあ今日日、菓子会社が競合してハロウィン限定スイーツ出したり、大人でも仮装パーティーする人がいたりはするみたいだけど」
繁華街のショーウィンドウに飾られた仮装衣装のクオリティの高さに内心舌を巻いたのはつい先日のことだ。
祭り騒ぎの好きな日本人は、要するに楽しめればその実は何でも良いらしく、近日では街中がオレンジ色と紫色に染められている光景もそれなりに目にするようになった。
その規模は聖夜にこそ勝りはしないだろうが、それでも年々大きくなっている気はする所である。
「こっちじゃ無えのか、ハロウィン」
「流石に未だ浸透してねえな…………まあ、そのうち松本辺りが何かやらかしそうな気もするが。未だクリスマスも完全に根付いちゃいねえしな」
言われてふいに、総隊長が白い髭を棚引かせながら赤い死魄装を翻す様を想像して思わず噴き出しそうになった。
「何だ」
「いや、別に」
「何か失礼なこと考えただろ、今」
「阿近さんの事じゃないって」
堪え切れない笑いを腹筋の辺りに溜める努力をしていると言うのに、胡乱気な瞳で問うてくる阿近の様子が可笑しくて、結局我慢しきれずに少し息を吐いた。
「とりっくおあとりーと、てのは何だ」
「阿近さん英語分かる?」
「…………少しなら」
「TRICK OR TREATっつって。直訳すると"お菓子か悪戯か"なんだけど……俺もイマイチ、何で菓子が無かったら悪戯になるのか分かんねえ」
「ふうん」
分かったような分からないような、良く分からない顔で阿近は神妙に頷くと、少し口の端を持ちあげて此方を見た。
「トリック・オア・トリート」
「え?」
「菓子。くれなかったら悪戯しても良いんだろう?」
不敵に笑む阿近に、やれやれと言った顔をする一護。
がさがさと懐を漁ったその後、差し出された幾色もの包み紙に阿近の表情がいつも以上に不機嫌なものへと変わったことは言うまでもない。
「何で持ってるんだ、そんなもん」
「いや、阿近さんなら言いかねねえなと思って。真坂それ程こっちでハロウィンが浸透してねえとも思ってなかったから、一応…………護身用?」
「俺に悪戯されんのがそんなに嫌なのかよ」
「当たり前だろ。あんた何するか分かんねえんだから」
「フン」
赤い包みをひとつ取り上げ、ビニールを剥いでから腹いせとばかりに飴玉を口に放る。
好ましくない甘味が一層面白くなくて、阿近は知れず渋面を作った。
「阿近さん甘いもん好きだっけ?」
「馬鹿野郎、大嫌いだ」
「じゃあ何で食うんだよ」
「食わなきゃやってられるか」
「…………あんたの口からそんな言葉が出る日が来るなんてな」
しみじみと呟いた一護を横目に、ガリと歯を立てた。
思った以上に硬く一度で砕けなかったその塊は、未だ口の中に不快を撒き散らしている。
「…………阿近さん」
「何だ」
「トリック・オア・トリート?」
「あぁ?」
唐突に切り出した一護に不可解な色を見せながら、阿近は振り返る。
瞬間襟首が引かれて、気付いた時には口内を犯す砂糖の味が消えていて、刹那目を白黒とさせた。
「菓子くれなかったから、悪戯」
「…………」
「仕方ねえなあ。残りはやちるにでもやって来るか」
そう言って未だ微動だにしない阿近を尻目に、さして大きくもない掌で色とりどりの粒を弄びながら一護はひょいと桟から身を投げる。
去り際に見せた耳は、残された包装紙に負けずとも劣らぬ程度に紅く染められて、漸く事態を飲み込んだ阿近は誰にとも知れず微かな笑いを洩らした。
ささやかな悪戯。