内に招くは暮れの色

 「あっくーん!」
 「草鹿副隊長?何の御用です――――」
 
 一護と二人技局までの道を辿る途中、後ろから掛けられた大きな呼び声に何の疑問も無く振り返った阿近は、
 
 「おにはーそとっ!」
 
 その秀麗な顔面に大量の大豆を浴びせかけられたことで、流石の鉄面皮を崩して茫然とその場に立ちつくした。
 
 「おおう…………大丈夫か、阿近さん…………」
 「…………これは、一体どういうことですかね?」
 
 怒ってる。
 目上は敬う性質だけれど、感情を偽ることは良しとも得意ともしないのが阿近という人である。
 口調に反してひくりと引き攣る口の端が今の心情を如実に現していて、一護は爆発を恐れじりじりと後ずさった。
 
 「えっとねえ、節分には鬼に豆を投げるんだよって、乱ちゃんに教わったの!」
 「はあ…………」
 「でね、あっくんは技術開発局の鬼だし、お豆も好きだから投げてくればいいよって、これくれたの!」
 「…………松本の野郎…………」
 
 規格サイズを遥かに超える桝にはまだまだぎっしりと豆が詰め込まれている。
 
 「鬼なら、剣八でも良かったんじゃねえの?あの形相は鬼以外何者でもないだろ」
 「だって、そんなことしたら剣ちゃんが痛がるじゃん」
 
 自分の行為が他人に危害を与える物であることは自覚していたらしい。
 静かに怒りに震えていた阿近が、不意ににやりと口角を挙げてやちるに言った。
 
 「そういえば草鹿副隊長、知ってますか?」
 「なあに?」
 「松本の奴、瀞霊廷の居酒屋じゃ"鬼"の通り名を持ってるんですよ。何処の店主と飲み比べをしても負け知らず、代金はツケと言う名の踏み倒し、ってね」
 「ふうん…………?」
 「だから、同じ"鬼"ならあいつに豆ェ投げつけても節分の道理には叶うんじゃないですかね?それに、あいつなら俺と違って程良く逃げ回ってくれると思いますし、副隊長にもお楽しみ頂けると思いますよ」
 「そっかあ!よーし、乱ちゃん待っててね――――!!」
 
 語尾をフェードアウトさせながら全速力で空を翔ける背はもう見えない。
 仕返しは完了だと言わんばかり、白衣に付いた豆の皮をぱらぱらと落とす横顔はひどく爽やかだ。
 
 「…………あんた、鬼だな…………」
 「知るか。ふっかけてきたあいつが元凶だ」
 
 今頃何処かで命がけの鬼ごっこを繰り広げている乱菊とやちるの姿を思い浮かべ、一護は溜息を吐いた。
 その対象は勿論、おそらく間接的であれ最も被害を被るであろう冬獅郎の疲れた顔だ。
 終わらない執務に明け暮れる不憫な隊長殿に豆菓子でも差し入れに行こうかと、一護は澄み渡る空を仰いだ。
 
 「で、今日はこっちに泊まって行くんだな?」
 「…………は?いや、そんなこと一言も言ってねえけど」
 「何で」
 「何でって」
 「鬼はソト、福はウチだろ?大人しく持ち帰られろ」
 「いや、意味分かんねえし。それに今日は遊子が巻き寿司作ってるから、早く帰んねえと怒られ――――」
 
 二の句は口付けに飲みこまれる。
 
 「まあ、悪い様にはしねえさ。夕方には上がるから、十番隊に顔出すなら捕まらねえようにちゃんと戻って来いよ」
 「…………っ」
 
 相変わらずの不意打ちに一護が口をぱくぱくとさせているうちに、鬼は音も無く姿を消してしまう。
 こうなってはどうあがいても彼の本意に背いた行動を取ることなど出来ないと、身を以て知る一護は深く息を吐いた。
 
 「…………豆大福でも買いに行くか」
 
 せめてもの腹いせに彼の嫌いな甘い菓子をその顔面に投げつけてやろうと、一護は商店街へ足を伸ばす。
 その程度では鬼の撹乱も期待出来ぬと分かっては居ながら、希望を持つ気にもならない自分に少し苦笑を洩らした。