taste the BLACKNESS

 まどろっこしいのは、嫌いだ。
 
 
 中学二年に上がってから暫く立った後のこと。
 その頃既に自分は名うての不良として名を馳せていたから(勿論本意では無い)そう易々と自分に近づいてくる女子などいなかったのだけれど。
 いつからか矢鱈と構って来る、沈む様な黒髪の少女が周囲を羽虫のように飛び回るようになった。
 
 最初は軽い挨拶の応酬。
 茶渡と二人の昼飯が気付けば三人になっていて、何故か下校にまで彼女は付いて来るようになっていた。
 不本意の説教帰り、校門で此方に笑顔を向ける姿も幾度か目撃した覚えがある。
 
 勿論そういった類の科白を吐かれたことは無かったし、此方とて恋だの愛だのという感情が共に過ごす内気付けば芽生えていた、何てことは当然無い。
 しかしそれでも彼女の方はどうやら自分が彼女を恋人として認可しているかのような錯覚を得ていたらしく、ある時竜貴に詰め寄られて初めてその事実を知った。
 
 「一護、アンタあの子と付き合ってんの?」
 「まさか。んなわけねーだろ」
 「でも、いつも一緒にいるだろ?周りから見たらそうにしか見えないんだけど」
 「…………おめーらがどう見ようが、俺はそんなことこれっぽっちも思っちゃいねえ」
 「なら、さっさとはっきり言った方が良いと思うよ?」
 
 そう言ってずいと差し出された薄い色の便箋。
 中に綴られた呪詛のような文句と、自分への尋常でない執着を表す踊る様な文体に吐き気がしたのを覚えている。
 
 恋愛、色恋沙汰。そういった類の感情の機微に、きっと自分は凄まじく疎いのだろう。
 それからすぐに茶渡に確認を取ると、無口ながらもありありと「付き合っているんじゃなかったのか」とでも言いたげな不可思議を全面に押し出した空気が跳ねかえって来た。
 
 どうやら誤報は既に、実しやかにクラスそして学年へと囁かれ抜かれていて、外堀を埋めていると言わんばかりの状況に唖然としたものだ。
 勿論それからは彼女のことを徹底的に避けるようにしたし、それまで感じていなかった甘えるような目線や声色に嫌悪を抱くようにもなった。
 
 人の噂も七十五日。
 暫くすると錯綜していた情報は霧散し、何事も無かったかのような日常が戻って来た。
 しかしそれでも、あの衝撃を忘れることは無い。
 
 初めて、"人"というものに恐怖を抱いた瞬間。
 そしてそれは街中で起きた偶然の再会、一瞬の邂逅でさえも傷口を開かせるに足る、深い傷を心の奥底に刻みこむこととなった。
 
 
 *
 
 
 「…………そんなとこで何やってる、黒崎」
 
 どうにもメンタルをコントロール出来なくて、何気なく化準へ顔を出したもののそこにその人の姿は無かった。
 仕方ないから窓際に腰掛けていたのだけれど、どうにも吹き荒ぶ隙間風が冷たく。
 カーテンに一度包まったが最後、やや埃っぽいながらも慣れ親しんだ薬品と煙草の匂いが染みついたそれから離れられなくなってしまったというのが現状だ。
 さながら、決して広くは無い腕で包みこまれているような感覚がして。
 
 「…………化準で煙草吸うんじゃねえよ」
 「あ?」
 「カーテンに染みついてるじゃねえか、匂い」
 「何を今更」
 
 そう言うと阿近は徐に隣へと腰を下ろし、煙草のフィルタへ火を付けた。
 燻る煙はどうにも不健康そうな香りしかしないのに、それでも揺れ動いていた気分が鎮まる様な気がするのだから不思議なものだ。
 
 「何があった」
 「…………昔の、同級生に会ってさ。ちょっと、嫌なこと思いだした」
 「…………そうか」
 「…………黒髪を見るだけで、嫌な気分になるような気さえするのに」
 「…………」
 「それなのに、本人と会っちまうんだから――――別に、喋ってすらいないんだけど。何か、」
 
 情けなく声が震えた。
 今にも泣きそうになっているとかそういう訳では決してないのだが、安定しない心音が声帯までをも変な具合に震わせているような心地がした。
 立てた膝に顔を埋めて暫し、沈黙を保つ。
 
 「一護」
 
 ふと上から呼びかけられて、徐に顔を上げると優しい口付けが近づく。
 暫くそうしたままでいて、屈みこんだその上背に腕をまわした所で初めて一護はその髪の色を知る。
 
 「…………不思議だよな」
 「?」
 
 阿近さんも、黒髪なのに。



 違うのはきっと、髪の長さだけでは無くて。