Sadistic distence


 「何だ一護、お前また呼び出しかよ?」
 「っせーな」
 
 ぴらりと片手に靡いたのは、生徒指導部からの呼び出し状。
 月一の服装検査に引っ掛かるのはこれが何度目だろう。
 勿論、ジャケットにネクタイ、ズボンのずらし具合まで完璧に校則を守り通している身としてはそろそろ髪色位放っておいて欲しい所だ。
 
 「つーか何回染めてねえっつったら気ぃ済むんだ、白哉の奴は」
 「朽木センセー厳しいからなー」
 
 うんうんと分かったように呟く啓吾の方が余程規定の幅を越えている。
 上履きは踏ん付けるしネクタイは結ばない。
 地毛がちゃんとした色な奴は良いよな、と、こういう時ばかりは流石に思う。
 
 「行かなきゃ行かねえで面倒くせえしな…………」
 「ま、頑張って来いよ!」
 
 ばしんと訳知り顔で背を叩くひょうきんな態度が気に入らなくて、一護はその頭にすこんと張り手を入れた。
 
 
 *
 
 
 「失礼しまーす」
 「遅いぞ、黒崎一護」
 
 時計の針は十六時半を指している。指定された時刻は十六時二十分。
 
 「高が十分じゃねえか。つーか掃除当番だったんだから仕方ねえだろ」
 「…………兄は何時になったら目上の者に対する口のきき方を覚えるのだ」
 「へーへー、スイマセンね朽木センセイ」
 「…………それで」
 
 閑散とした職員室には白哉のほかにもう一人、書架の前に短い黒髪が見える。
 
 「あれ、阿近…………先生じゃねーか」
 「何だお前、また呼び出されたのか?」
 「まあな。ていうか珍しいな、先生が職員室にいるなんて」
 「涅先生が化準使わせてくれっつうんでな。貸し出し中だ」
 「…………危ない薬品とかちゃんと隠しただろうな」
 「…………思いつく限りは。一応棚に鍵は掛けたが…………まあ、無駄だろう。あの人がその気になれば」
 「あの人も懲りねえよなあ」
 「兄は」
 
 はっと気付いて前を見ると、心なしか冷気を纏わりつかせた白哉が此方を睨んでいた。
 
 「ああ、悪い悪い」
 「……………………」
 「…………スミマセンでした朽木センセイ。で、用件は」
 「…………兄は何時になったらそのふざけた髪色を直すのかと聞いている」
 「だーかーらー…………これは地毛だっつってんだろ」
 「その言い訳は聞き飽いた」
 「だから言い訳じゃねーっつの!」
 「校内の風紀を乱す。早く染めて来るようにと言うておるのだ」
 「だからっ、なんで地毛をわざわざ黒く染めなきゃいけねーんだよ!黒染めだって立派な"染髪"じゃねえか」
 「それとこれとは別だ」
 「あああもう!仮に!俺がお前の言うこと聞いて染めたとしても、だ!」
 
 ぶんぶんと頭を振って、一護は徐にずいと首を差し出す。
 
 「睫毛と眉毛だけオレンジとかおかしいだろ!地毛のまま晒してるよりその方が余ッ程変だと思うけどな?!」
 「…………」
 「白哉?」
 「…………兄は、」
 
 少しだけ目を細めた白哉が口を開くのと、襟首がぐいと引っ張られたのは同時だった。
 
 「うおっ」
 「すみませんね朽木先生。こいつには俺がちゃんと言って聞かせますんで、今日の所は勘弁してやって貰えませんか」
 「…………兄は、此奴の担任者ではないだろう」
 「それを言うなら、貴方こそ二年の風紀主任ではないでしょう」
 「…………」
 「…………」
 「…………好きにするがいい」
 
 そう言うと長い黒髪を靡かせて、白哉は此方に背を向けた。
 去り際にちらりと投げかけられた視線は相変わらずの無色で、一護にその真意は計り知れない。
 
 ドアががらりと音を立ててしまった後も暫く空気は微動だにせず、無意味な沈黙に少し飽いた一護はそろりと視線を後ろに向ける。
 
 「…………で、いつまで俺は首根っこ掴まれてりゃ良いんだよ?猫じゃあるまいし」
 「ああ、悪い」
 
 アイロンの掛かったカッターのピンとはった襟首も、無造作に掴まれた後にその名残を残す事には耐えられなかったようだ。
 後手にさすってもくっきりと刻まれた皺の存在が分かって、一護は少し顔を顰める。
 
 「何だよ急に。俺の髪色のことなんか気にしたことねえじゃねえかアンタ」
 「そういう問題じゃねえ」
 
 うざったいとでも言わんばかりの体で天井を仰いで長い溜息を吐きだす。
 そうしてふいに、阿近は一護のそれと同じように、徐にずいと首を差し出した。
 
 「だ、だから何」
 「…………近ぇんだよ」
 「はあ?!」
 
 五センチの至近距離、半眼から覗く紅い目は不機嫌だ。
 しかし彼をそのようにさせた要因に全く心当たりが無くて、ただ只管その短すぎる距離にたじろいでいると、面白くもなさそうに阿近は背筋を伸ばす。
 
 「染めんのが嫌ならヅラでも被ってきたらどうだ」
 「わ、訳分かんねえし」
 
 離れ際に掠めた唇の感触が生々しくて、気の効いた返事をすることさえままならなかった。