Oui, avec plaisr.

 言葉の通り、歩き始めて五分も経たないうちに阿近さんは一つの門扉の前で足を止めた。

 「此処は?」
 「俺の家」
 「俺の家、って」

 でかすぎるだろ、普通に考えて。
 一人で暮らすには広すぎる。
 決して豪邸という訳ではないのだが、ここから見てとれる窓の数から考えるに自分の生家と同等か、あるいはそれ以上の広さを誇るに違いない。

 「俺が買ったんじゃねえよ。親父の持ち家の一つだ」
 「一つって…………」

 そう言えば阿近から父母の話を聞いたことが無い。
 雰囲気から察するに亡くなっているという訳ではなさそうだが、好んで話題に乗せない所からするとあまり上手く行っていないのかもしれない。
 自分と遊んでくれていた幼少期、母親に連れられやってくるその姿に不快な表情は無かったが、歳月が経てば人の関係も自ずと変わるものなのだろう。
 ともあれ、『持ち家の一つ』なんて簡単にぽんと言い放てる程度に彼の生家は裕福らしい。

 「本当は親の世話になんてなりたくねえんだが…………仕方なく、な。取り合えず目の届くところで真面目に仕事してりゃ無理に連れ戻されることもねえ」

 そういう契約だ、と言いながら阿近はがしゃりと門の鍵を開ける。
 擦り硝子のはめ込まれたドアをくぐると、吹き抜けの天井に洒落た電燈がぶら下がっていた。
 促されるがままに階上へ上がると、自分の為に用意されたらしい小奇麗な一室が扉を開いて主人の来訪を出迎えてくれた。

 「取り合えず、ここがお前の当面の部屋だ。隣は俺の部屋、一階にはキッチンとリビングと、洗面所に風呂。便所は両階に一つずつ」

 自室の掃除は自分でやれ。一階は雇いの家政婦に任せてある。
 そういって何か質問はあるか等と言いたげな阿近に、一護は眉間の皺を少し深くして、やはり困惑したように尋ねた。

 「ホントに此処、俺が住んでも良いのか?」
 「だから、お前が東京の大学へ進学するって聞いた時から元来そのつもりだったと言っただろう」
 「家賃とか」
 「要らねえよ。別に俺もこの家に住むのに金なんか払ってねえし」
 「…………」
 「一護」

 随分久々に名前を呼ばれたような気がする。
 その声には記憶にあるものと何ら違う所も無く、一護は不思議と安堵感に包まれる心地がした。

 「会えなくて寂しいのは、お前だけじゃない」

 俺だって、お前と顔を合わせるのはおろか、まともに連絡さえ取れてなかったここ数週間、どれだけ寂しかったことか。

 「少しでも、ほんの僅かでも長くお前と一緒に在りたい。お前の気配を感じていたいし、手の届くところにお前を置いておきたいんだ」

 そっと抱き寄せるその腕はやはり依然と変わらずに優しい。

 「俺の傍に居てくれ、一護」
 「…………ずりぃよ、阿近さん」

 くすりと笑って、一護は困ったように続けた。

 「俺だって、阿近さんとずっと一緒に居たいし、ちょっとでも長く時間を共有したい」

 それなのに阿近さん、自分ばっかりそんなこと考えてるみたいに言うんだもんな。
 何だか悔しいじゃねえか、と呟くと、見目に分かるほど表情を崩すことなんて滅多に無い阿近が、それと容易に見て取れるほど優しげな眼で自分を見つめていることに気付く。

 「ほら、またそんな目ぇする」
 「…………ま、そう言うなよ」

 彼との共同生活は、未だ始まったばかり。



 Oui, avec plaisr…勿論、喜んで
 一護が乙女化した…………いつものことか、な?
 阿近さんの「まぁそう言うなよ」が好きです。お粗末さまでした!