Nuit, Avancant
今学校の門扉を潜った、と一護からメールが入ったのに気付き、阿近は帰り支度を始めた。
「何だ阿近?今日はもう上がりか」
「先約があるんでな」
「へっ、相変わらずお熱いことで。で?」
「あ?」
「あ?じゃねえよ」
「いつになったら私達にその子紹介してくれるんですか、って聞いてるんですよねー鵯州さん?」
「馬鹿野郎、誰がてめえらなんかに会わせるか」
「それにしても阿近を落とすなんて、余程の子なのねえ」
「どんな子ですか?やっぱり可愛いんですか?」
「俺は細っこくて小せえ子が好みだなあ」
「阿近さんって絶対貧乳派ですよね」
「私が幾ら口説いても落ちないしねえ」
「…………無駄口叩いてねえで、さっさと調査進めたらどうだ。お前らの作業が滞ってるせいで俺の業務にも差し支えが出てんだろうが」
呆れを通り越して諦めに近い感情を抱きながら、研究室を後にする。
根は良い奴らなのだが、研究ばかりに没頭している割に、阿近のこととなるとすぐその私情に首を突っ込みたがるものだから敵わない。
携帯のランプがちかちかと瞬いているのを見て、少し足早に廊下を進むと、正門の影にすっかり馴染んでしまった橙色の髪が覗いていた。
四月とはいえ未だ早い夕暮れの色に、その輪郭が溶けてしまいそうだ。
「悪い、待たせたか」
「今着いたとこだから大丈夫」
勿論、懸想の相手が男であることに何の恥じらいもないのだけれど。
一護の事が研究室に知れた所で、それはきっと己を揶う為の種にしかならないだろう。
「どうだった」
「何が?」
「入学式」
「ああ…………ま、ツツガナク終わりました、かな」
「知り合いは出来たか?」
「うーん、未だ…………だけど、高校の時に比べて色んな奴がいるからさ。取り合えず髪色だけで浮くことはなさそう」
「そりゃ良かった」
*
最寄りのスーパーへ寄って、足りなくなった調味料だの先数日分の夕食の材料だのを籠へ放り込む。
阿近が食材を手に取る度何かと感想を付けるものだから、よくもまあ無駄なことにそこまで頭と関心、口が回るものだと思う。
「お前、こないだもそれ買ってたよな」
「え?美味くなかった?」
「別に不味かなかったが…………毎日食えるもんでもねえだろ」
「そうか?俺結構好きなんだけどな、これ」
最も、それは己に関しても十分当てはまることなので、敢えて指摘する様な野暮な真似はしない。
「今日の夜、何食べたい?」
「あー…………そう、だな…………焼き魚、食いたいな」
「粗食」
「ほっとけ」
「でも、やっぱり何だかんだ言って阿近さんって和食好きだよな」
「俺はれっきとした日本人だ。当り前だろう」
「その割に朝はトースト派だけど」
「…………それはそれだ」
*
「風呂の湯、抜いてねえけど良いよな?」
「ああ。明日洗濯に使うから、そのまま放っといてくれ」
自室で持ちかえった資料の内容をぱたぱたと入力していると、血色良く頬を染めた一護がひょいと顔を覗かせた。
「そんな薄着してっと風邪引くぞ…………髪も乾かさねえで」
ちょいちょいと手招きをして、背を向けて正面に座らせる。
そのまま首に下がったタオルでわしわしと髪を拭いてやると、やや乱暴なそれに最初こそ抵抗を見せるものの、徐々に力を抜いていく。
水気を含んだオレンジ色の髪は、さながら瑞々しい柑橘のように見えて。
思わずちゅ、と口づけを落とすと、仄かなシャンプーの香りが漂った。
本人は日中の疲れ故かうつらうつらとしていて、気付く気配は無い。
そのまま髪を拭きつつ、旋毛、額、耳元、頬と下げて唇を這わせて行くと、首筋まで下りた時点で漸く驚いたように目を覚ました。
「な、何やってんだ」
「何って」
言わずとも分かるだろう、と言った体でするりとシャツに片手を忍ばせると、一護はびくりと肩をすくめる。
「ちょ、俺明日も学校あるんですけど?!」
「うるせえ」
くるりと身体の向きを反転させて、そのまま床へ押し倒す。
首筋に埋められた髪と、弄る手がどうにも擽ったいが、同時に与えられる快楽に流されてしまいそうになるのもまた事実。
しかし泣いても笑っても明日から新生活が始まることは変わりようもないので、一護は意を決して口を開いた。
「あ、阿近さんっ」
「何だ」
顔をあげて此方を見る瞳は、炎を灯す深緋。
ぞくりと背筋に何かが走って、それ以上何も言えなくなってしまった一護に対し阿近は一つ吐息をついた。
「…………一護」
「な、何」
「お前は、自分を抑え過ぎなんだよ」
こつりと額を小突いて言う。
「いつもいつも、俺に振り回されなくて良いんだぞ?言いたいことがあるなら言えば良い」
「……………………」
少し困ったように笑って、閉じたままの一護の唇に指を当て、続ける。
「やめて欲しいなら、やめてやる。」
「……………………」
「ほら。してほしい事、ちゃんと口に出して言ってみろ」
「…………よ」
「あ?」
「…………キス、ちゃんとしろよ」
探る様に途を辿るのをやめて、真正面から。
てっきり拒否されるものだと思っていた阿近は、一度ぱちりと瞬きをして、やがて嬉しそうに笑った。
「良く出来ました」
深い口づけと瞼の裏の闇が押し寄せる。
「明日、朝何時だ」
「た、多分…………10時にがっ、学校、かな」
「そうか…………ま、朝はちゃんと起こしてやるから。心配すんな」
浅い息遣いが、愛しい。
Nuit, Avancant…更ける、夜
ついったの診断メーカーより。
もう大分ばれてると思いますが、采絵さんが好きです。笑