Cigarette [Dependance]

 かしゃんとドアを閉め、靴を揃えて廊下に上がる。
 同居人のものは既に行儀よく端に並んでいて、ぶっきらぼうに見えてこういう所は几帳面なその性情に少し笑みが零れた。
 
 節電の為か、はたまた点け忘れているだけか。
 灯りの無い回廊を進んで扉を開けると、食卓に腰かけくるくると煙草の箱を弄ぶ彼がそこにいた。
 
 「ただいま」
 「おう、帰ったか」
 「何してんだ?」
 「いや、ちょっとな」
 
 眉間に寄せられた皺はさながら不機嫌を具現化したような。
 けれどそれが常体であることを一護は知っている。
 だが今日はそうとも言い切れないようで、どうやら機嫌が悪いとまでは行かずとも何か気に入らないことがあるらしい。
 
 目前の新聞紙を覗きこむと、小さな文字で煙草税の値上がりを示す記事が載せられていた。
 
 「誰だ、煙草を吸う奴にも権利があるとか抜かしやがる奴は」
 
 確かに誰しもが持つ権利を尊重してか、法的に喫煙が全面禁止されるなんていう事態は今のところ生じていない。
 けれどこの国が喫煙者にとって生き難い場所となりつつあるのは否めない事で、高い税金を掛けられたその売値は留まるところを知らず日夜上昇し続けている。
 
 「いっそ禁煙したら」
 「俺を殺す気か」
 
 ギロリと此方を睨む紅い目にもたじろがず、ひょいと宙を舞う箱を掴み取りまじまじと眺める。
 肺癌だの心筋梗塞だのと物騒な言葉が並ぶパッケージを見ていると、やっぱりこの人の為にも良い機会だと言って禁煙を勧めるのが一番良い道なのではないかと、そう思えた。
 
 「別に煙草吸わなくたって死にやしねえだろ」
 「そういう問題じゃねえんだよ」
 
 皺をより一層深くして不機嫌オーラを全開にしていた阿近の表情がふと緩んだ。
 不思議に思って覗きこむと、とたんがしりと襟元を掴まれる。
 
 束の間を置いて唇が離れると、切って貼ったかのように自らの眉間へ移植された皺を持て余しながら一護が不可解に言う。
 
 「…………いきなり何だよ」
 「口が淋しくなった時いつでも隣にお前がいるってんなら、禁煙も考えねえではないが」
 「んなの無理に決まってんだろ」
 
 はあ、と溜息をつくと、意地の悪い笑みを浮かべながらフィルターに火を付ける姿が目に入った。
 
 「言ってる傍から」
 「仕方ねえだろ、無理っつうんなら」
 「アンタ、何だかんだ言って禁煙する気なんてさらさらないだろ」
 「良く分かったな」
 
 言うや否や長い指に挟まれた紙筒を奪い取り、自らの口元へ運ぶ。
 ひとしきり堪能してやはりその美味さが分からないと呟くと、なら返せと横合いから手が伸びた。
 
 「俺がいるときくらいやめろよ、これ」
 「何だ?お前、煙草嫌いだったのか」
 「そうじゃねえけど。量を減らすに越したこたねえだろ」
 「俺が煙草の代わりになってやる、なんて言いてえんじゃねえだろうな、真坂」
 「良く分かってんじゃねえか、そっちこそ」
 
 先程のお返しとばかりに音を立てて唇に咬み付いてやると呆気にとられたような顔をする。
 それが酷く小意気味良い。
 
 「後悔すんなよ。今の科白、忘れてやらねえからな」
 「何を今更」
 
 何が可笑しいのかくつくつと肩を震わせるその人を一先ず視野の外に追いやり、夕食を用意すべく台所へと向かう。
 
 「一護」
 「何だよ」
 「ちょっとこっち来い」
 「…………忍耐ってモンをしらねえのか、あんたは」



 Cigarette [Dependance]…煙草(依存)
 阿近さんぼっとの科白にきゅんとしたので。
 煙草はあまり好きじゃない部類ですが、好きな人が吸う煙草って何故か心地よく感じます。
 不思議。