初夏の、思い出。
earyly summerly memories

 「綺麗に咲いたもんだな」
 「阿近さん」
 
 病院前の花壇に水を撒いていると、ぽんと肩に手が置かれた。
 振り返るとそこには白衣を脱いだ阿近が立っていて、見慣れない私服姿に少し戸惑う。
 
 「どーしたんだよ」
 「いや、近くに用事があったもんでな。ついでに寄っただけだ」
 「ふうん?」
 
 見ると手には、『浦原商店』と書かれた紙袋が抱えられている。
 遊子が何かと入り用の物がある度訪れるらしい店だ。
 因みに別事情ではあるが、一護も店長の浦原喜助とは知り合いである。
 
 「阿近さん、浦原さんと知り合いなのか?」
 「あ?ああ…………ちょっとな。お前もか?」
 「あー…………ちょっとな」
 「何だそりゃ」
 「そっちこそ」
 
 日はすっかり沈んで、夕陽の名残が空を奇妙な色に染めていた。
 絵具の青と橙を並べても決して綺麗な絵は描けないのに、空に在るだけでどうにも美しく見えるから不思議だ。
 
 「おお、阿近君じゃないか!」
 「こんばんは。先日はどうも」
 「いやいや、此方こそ。いつも一護が世話になっているな」
 「困ったお子さんで苦労しています」
 「そこは否定するところじゃねえのかよ?!」
 「何だ?お前、俺に迷惑かけてる自覚ねえのか?」
 「ねえよ!」
 
 一護が未だ幼かった頃、母親が存命だった頃。
 母親同士に何らかの親交があったらしく、制服姿の阿近によく遊んで貰っていた記憶がある。
 彼からすればたかが餓鬼の子守でしかなかったであろうに、いつも訪れては迷惑な顔もせず構ってくれたのだった。
 時には彼とその母親が黒崎家へ遊びに来る事もあって、必然的に一心と阿近にも面識がある。
 
 「親御さんは変わりないか?」
 「ああ…………まあ、殆ど絶縁状態ですが。倒れたという話は聞きませんね」
 「偶には孝行するんだぞ?」
 「…………精進します」
 
 苦笑いする阿近と暫く話してから、一心はカルテを抱えて屋内へ入って行く。
 丁寧に一礼してその背を見送った後、阿近は一護を顧みて言った。
 
 「懐かしいな」
 「向日葵?」
 「ああ」
 
 初夏の頃、少しきつくなり始めた日差しの下で、向日葵の種を植えた。
 未だ言葉もろくに通じないような子供の相手をしていて何が楽しかったのかは知らないが、兎角昔の阿近に関しては笑顔の記憶しかない。
 その日も暑い昼日中、懸命に汗を拭いながら土を弄る自分の横で、花の種袋をひっくり返しながら何やら気だるそうに、それでいて楽しそうに話をしててくれていたのを覚えている。
 
 「別に植え直したり、特別手入れはしてねえんだけどさ。毎年零れた種が芽を出して、綺麗に咲いてくれるよ」
 「そうか」
 
 陽の光を浴びない日輪草は、今こそだらりとだらしなく萎れた姿を見せているが、毎朝日の出と同時にしゃきりとその頭をもたげている。
 その凛とした姿が、一護は嫌いではない。
 
 「お前みたいだと思ってたよ」
 「何が?」
 「向日葵」
 「…………褒め言葉か?それ」
 「さあな」
 
 薄闇の中に在ってはその魅力も薄れるだろうに、阿近は高い背の先から目をそらそうとしない。
 何かを思い出すように、じっと見つめるその様子は何処か真摯で。
 おいそれと声をかけられる雰囲気も無く、一護もまたその姿をじっと両目で捉えていた。
 
 「…………見物料取るぞ」
 「は?」
 「今。俺に身惚れてただろ」
 「なっ、違えよ!」
 「照れるなよ、青少年」
 「うっせー!違うっつってんだろ!」
 「お兄ちゃん!近所迷惑!!」
 
 見ると、部屋の窓から遊子が顔を出していた。
 片手にフライ返しを持った姿で叱られても全く威厳を感じないが、取り合えず機嫌を損ねないよう、素直にすみませんと謝っておく。
 
 「ご飯、もうすぐ出来るけど」
 「ああ、もうそんな時間か」
 「邪魔したな、遅くまですまねえ」
 「帰るのか?阿近さん」
 「阿近君も食べていきなよ、余ってるからさ。カレーライス」
 
 ひょいと遊子の頭上から覗いた夏梨が言う。
 黒崎家と阿近に親交があったのは、未だ彼女達が幼かったころだ。
 交友の記憶はない筈なのだが、今年に入りちらちらと阿近が此処へ顔をのぞかせるようになってからと言うもの、二人して妙に彼に懐いている。
 
 「いいのか?」
 「いいって。遊子のカレー美味しいからさ」
 「ふふ、ありがと夏梨ちゃん」
 「じゃあ、お言葉に甘えようか」
 「一兄も一緒に入って来なよ。もう用意出来るから」
 「へーへー」
 
 からからと窓が閉められるのを見届けて、一護も水撒きのホースをしまう。
 
 「良い子に育ったな」
 「?」
 「遊子と夏梨」
 「…………やらねえぞ」
 「何だ、シスコンか?一護」
 「違えっつーの!」
 「まあそう慌てるなよ。心配すんな、取って食いやしねえよ」
 「…………」
 「俺が好きなのはお前だけだ」
 「…………またそういうこと言う」
 
 機嫌を損ねたように、ふいと一護は顔を反らす。
 しかしその耳元が真っ赤に染まっているのを確かに見た阿近は、一人愉快そうに笑みを漏らした。
 
 「何だよ?」
 「いや、何でも?」
 「…………早く行くぞ、メシが冷める」
 
 その背に続いて門扉を潜りながら、阿近はふと後ろを振り返った。
 真夏の温い風に揺れる向日葵は、来たる灼熱を眩しそうに待ち構えている。



 青年と少年の思い出。
 一護幼稚園、阿近さん高校生ぐらいなイメージ。