抜けるほどに蒼く、碧く

 「失礼します」
 
 珍しい霊圧を感じて、冬獅郎は今正に下ろそうとした筆を持ち上げ室の扉を仰いだ。
 
 「どうした」
 「急ぎの書類なんで、隊長印貰えますか」
 「…………お前んとこの隊長は涅だろう」
 「十番隊の書類なんですよ」
 
 ひら、と翻った始末書には確かに白百合の隊章が刻印されている。
 
 「…………副隊長殿に借りを作りましてね」
 「そりゃ、御苦労なこった」
 
 普段から比べ僅かに二割ほど多い眉間の皺を揺らめかせながら、阿近は無表情に言う。
 直接の顔見知りではないのだが、生真面目な冬獅郎の頭に入った全隊の席官図が目の前の男の素性を物語る為ただ一言、書類を受け取る手間に手向けた。
 勿論、物語られる要素には橙頭の元死神代行の影もちらついている。
 
 「これだけか?」
 「ええ、取り敢えずは。殆ど副隊長印のみで事足りる業務ばかりでしたので」
 
 それはそうだろう。
 松本にしか出来ない書簡以外、即ち副隊長印を要する書類以外は殆ど全て冬獅郎が処理しているのだから。
 隊長印を要する書類とは、通常なら副隊長以下が書をしたため検閲を得た証として隊長が印を押すものなのだが、そんな悠長なことをしていては十番隊が壊滅してしまう。
 …………不真面目な部下を持つと、辛い。
 
 「手間ァ掛けたな。もう自分の隊戻っていいぞ」
 「ですが…………真坂副隊長業務があれだけ、ということはないでしょう?」
 「その真坂だ。うちは他隊とは仕事量の配分が大分違うんでな…………あれだけ、なんだよ。不本意ではあるが」
 「…………心中お察しします」
 
 言う背にはこれまた厄介な隊長副隊長を抱えた第三席の気苦労が見える。
 開発局の副局長というポジションにあるだけで相当の仕事を抱えているだろうに、その上あの上司連中を抱えた第三席をも兼任しているのでは――――目の下の隈が日頃の睡眠不足を物語っているようだ。
 
 「では、俺はこれで」
 「ああ。すまねえな、ウチのが迷惑かけて」
 「いえ――――ああそうだ」
 
 言うなりごそごそと袂を探り、冬獅郎は一つの紙包みを受け取る。
 
 「これは?」
 「まあ、業務の息抜きにでもどうぞ」
 
 がさりと封を破ると、老竹色の葉に包まれた胡粉の餅が姿を現した。
 
 「端午の節句ですので」
 「…………てめえ」
 
 ぴきりと米神に筋を立てた冬獅郎だったが、ふとやりとりに既視感を抱いて過去へ思いを馳せる。
 あれはそう、桃の花が咲き乱れる弥生の節句。
 
 「…………」
 「では、俺は確かに渡しましたので」
 
 急に黙り込んだ冬獅郎の頭上に一礼を残し、阿近は執務室の扉を開ける。
 
 「おい」
 「?」
 「…………元気そうにしてたか、あいつ」
 「…………接触を禁ずる令が出ていることは、日番谷隊長も御存じかと」
 「…………それも、そうか」
 
 今更何を、とでも言わんばかりの口調に少しの落胆が過る。
 しかし今一度労いの言葉でも掛けようかと上げた目線と深緋が交錯した瞬間、冬獅郎はその暗紅色に浮かぶ全てを読み抱くことに成功した。
 
 「…………御苦労だったな。感謝する」
 「…………一介の隊長殿に労われるようなことをした覚えはありませんよ」
 
 なおもぶっきらぼうに言い放つ口調が先程よりも少し切なを帯びたような気がして。
 冬獅郎は紙包みを脇に置きかけた筆を取り上げることとした。
 
 
 皐月晴れの空に、雨雲は見えない。



 一護がシロちゃんに言った言葉を覚えていた阿近さん。
 美味しい和菓子屋さんを教えてもらう代わりに乱菊さんのお仕事手伝ってるとか、そんな流れ。

 桃の節句のくだり、気になる方はコチラを先に読んでやって下さいー